コンビニの迷い子⑤

 一週間程度の休みなら仕事に影響はないと思っていた高見沢だったが、久しぶりの出勤日はミスが目立った。レジ打ちに時間がかかったり、商品の配置を間違えたりして、同じシフトの明里に迷惑をかけてしまった。


 しかしこれも仕方のないこと。高見沢は今日、アルバイトをしにコンビニに来たわけではない。あの男の子を含む、闇ノ沼幼稚園で犠牲になった子たちと会うために来たのだ。


 午前三時


 明里と手分けして商品棚を整理する高見沢。先週と同じ状況だった。あの男の子が現れるかもしれない。さらに状況を同じにするべく、高見沢は入口近くの雑誌コーナーを整理し始めた。


『こっちに来て……こっちに……来て……』


 背後から声が聞こえた。今回は女の子の声だ。高見沢が予想した通り、コンビニにはあの男の子以外の犠牲者の魂もさまよっているようだ。


 高見沢が振り向くと、四〜五歳くらいの、ポニーテールの女の子が商品棚の上に座り、見下ろしていた。今回は顔もよく見える。左半分の皮膚が溶け、本来眼球がある部分には黒い穴が空いている。左腕の肘から先を失っており、両足は焼けただれ骨が露わになっている。


『こっちに来て……こっちに来て……』


 女の子には唇がない。むき出しになった歯をカチカチと動かし、高見沢に話しかけている。


「高見沢さん!」


 明里の声が聞こえた。あの日と同じく、高見沢の方に鋭い視線を向けている。「行ってはいけない」というメッセージが、眼力だけで感じ取れた。


「すまないね、明里さん。私は小説家なもんで。ネタになりそうならマグマの中へでも、大気圏の外へでも行く性分なんだ。」


 高見沢は明里から少女へと視線を戻すと、一歩踏み出し、少女が座る商品棚へと近寄った。


「ダメです!高見沢さん!ダメ!」


 明里の声を無視し、高見沢は着ていたシャツの背中側を左手でずり上げた。ズボンとお尻の間に、白い紙の束が挟まっている。高見沢は紙の束を右手で掴むと、少女に差し出した。


「生憎、君たちのような子どもの遊びに付き合うほど、私は暇じゃないんだ。コンビニ店員なんでね。しかし、小説家でもある私としては、娯楽を欲しがる人たちを無視するわけにはいかない。ということで、プレゼントだ。君たちで読みなさい。」


 少女は紙の束を受け取り、不思議そうな目で高見沢を見つめる。紙の束はホチキスでとめられ、本のようになっていた。


「プロの小説家が書いた本だ。どこにも発表してないオリジナル作品。今回は特別にタダでくれてやる。ありがたく思いな。君たちでも読めるように全てひらがなで書き、絵までつけた。おっと、下手クソだなんて言うなよ。絵はサービスなんだからな。」


 少女はパラパラと本をめくる。


『……ありがとう』


 そう言い残し、少女は本と共に霧のように消え去った。


----------


「どう?初めてにしては、いい感じに書けてません?驚いて声も出ませんか?」


 一ヶ月後、某ファミリーレストラン。ボックス席の向かいに座る池田へ向け、高見沢は自信たっぷりに言ってみせる。


 池田は眉間に皺を寄せながら、高見沢の原稿を読んでいた。


「いえ、あまりよくないんですけど……」


「ダメなのかよ!あのぉ池田さんさぁ!ちょっとくらい褒めてもいいんじゃないの?おたくのスタイルなのかもしれないけどさぁ!」


 池田が原稿用紙をアイスコーヒーに持ち替え、一気に飲み干す。


「でも全くダメってわけじゃなくて。ホラー作品として成立してるし……何というか、リアリティがあるんですよね。描写が細かくて、登場人物の心理も具体的。高見沢先生のおっしゃる通り、初めて書いたにしては及第点かなって思います。」


 高見沢がにやける。これまで何十、いや何百とダメ出しをしてきた池田に、久しぶりに勝利した気分になった。


「これなら、僕が直しを入れて、あと一、二回打ち合わせをすれば形になると思います。編集部に帰ったら、早速作業に移りますよ。」


 池田の目にやる気が満ちていた。こんな池田の目を見るのは、『天使のナット 悪魔のボルト』を出版した時以来である。


「じゃあ頼みましたよ、池田さん。ここは私が奢りますんで。」


「えっ、いいんですか?」


「最近、ちょっとばかしお金が入ったんですよ。だから、ランチ代くらいは払えるってところ、池田さんに見せたいなって思いましてね。」


 池田は苦笑いを浮かべた。


 高見沢が伝票を取り、席を立ち上がる。池田は何かに気づき、高見沢に投げかけた。


「この『コンビニに現れる子どもたちの話』ってフィクションですよね?」


「……さぁ?」


 高見沢はレジへと向かった。


<完>

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