第2話 呼び声

高校生の時だったと思う。

電車に乗っていたら急に腹が痛くなって、途中下車した。


そこは無人駅で、便所はいつから掃除をしなくなったのかわからない汚さである。


背に腹はかえられないので、悪臭に耐え、なんとか用を足す。


幾分かスッキリした気持ちで手を洗っていると、「おぅい」と呼ぶ声がした。

母親の声だ。いつまでも駅から出てこない自分を心配したのだと思い咄嗟とっさに、

「ちょっと待って!」と答える。


すると、また、「おぅい」と呼ぶ。

聞こえなかったのかと声を張り上げようとして、気付いた。


今日、母に迎えなど頼んでいないこと。

ここは途中下車の駅で、本来自分が降りる駅ではないこと。


ーーじゃあ、この声は誰だ?


背筋に冷たいものを感じながら、声の方を振り返る。


個室の一番奥の扉が中途半端に開いて、真っ白い男の顔が覗いていた。


「おぉぉい」


抑揚のない声で、男が自分に呼びかけ、手招きをしている。母の声だった。


ぎゃっと叫び声を上げて、トイレから転がり出ると、近くにいたタクシーの運転手に助けを求めた。


「あのトイレなぁ、昔、知的障害のあった男の人が不審死した事があってな。きっとそれだな」


泣きじゃくる僕を、彼は家まで送り届けてくれた。


タクシー代はしっかりと請求された。

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口伝怪談 ー声ー 雨野ボストン @ameno_boston

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