口伝怪談 ー声ー

雨野ボストン

第1話 手形

大学生の頃だった。

飲み会が遅くまで続いて、気付くと終電の時刻が近付いている。


翌日は朝から欠席できない授業があったので、友人たちと別れて一人、駅へと向かった。


小雨がぱらついて、湿気がむわりと肌にまとわりつき、気持ち悪かったのを覚えている。

ホームには私しか居らず、携帯をいじりながら時間を潰していると、アナウンスがなって電車が滑り込んできた。


雨粒が窓にこびり付いている。そこに、小さな手形を見つけた。


子どもが興味本位にガラスに触れてしまったかのような、小さな右手の手形。

雨にそこだけが濡れていない。


きっと前の駅かどこかで子どもが触って、あぶらがついたんだろう。

そう思って電車に乗り込んだ。


電車は待ち合わせの為、しばらく停車するとアナウンスが告げる。私は誰も座っていない座席に腰掛けて、なんとなく対面の窓を眺めた。さっき手形があった窓だ。


手形が2つ付いている。


周りに雨粒が付いている様子から、どうやら両方とも外に付いているようだ。


ーーさっきは1つだったような。


不思議に思っていると、窓に、もう一つの手形がぺたりと付いた。


「えっ」と思わず声が出る。


手形はまた一つ、また一つと窓に形を残していく。


それは、目には見えない何者かが、確実に電車の外を這っていくあとだった。


こうなってしまうと、もうこの電車に乗っていられない。

弾かれたように飛び出すと、飲み直していた友達の元に転がり込んで朝まで過ごした。


あれだけは、今でも説明がつかない奇妙な体験だった。

後は、そうだな。


手形は全部、右手だったよ。

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