第8話 KAC20217「21回目」

 はあ、もうこれで21回目……姫様のお戯れも、一体いつまで続くのでしょうか。


 ハイネックながら肩から背中にかけて大きく開いた純白のドレスをまとった少女が、独り言のような溜め息をひっそりと吐く。するとそのとき、部屋の外から女性の大きな声が聞こえてきた。


百李那モモリナ! 百李那は何処にいますか?」


「あ、はい、百李那はここにいます。申し訳ございません、


 少女は慌てたようにベッドから立ち上がると、桃色ショートボブのゆるふわパーマをサラリと揺らしながら、部屋の外へと飛び出していった。


 〜〜〜


「美鈴さん、外に出掛けますよ。直ぐに準備をしてください!」


 美鈴が退屈で大きな欠伸をしていた時、唐突にモモリーナが姿を現した。


「んあ、モモリーナ⁉︎」


「呑気に大きな欠伸なんて、している場合ではありませんよ!」


 モモリーナに指摘され、美鈴は慌てて口元を右手で覆う。


「わ、悪かったわね。今日は慎二も居ないから退屈なのよ」


「それです!」


「え、どれ⁉︎」


 急にモモリーナにビシッと指を突きつけられ、美鈴は思わずたじろいだ。


「いいから、直ぐに出掛けますよ!」


「わ、待って待って。まだ私ルームウェアっ」


 ぐいぐいと背中を押してくるモモリーナに、美鈴が焦った表情を見せる。


「大丈夫です。そのホットパンツ姿も、充分に魅力的で似合ってますから」


「あら、ありがと…って、そーいう問題じゃないんだって!」


 美鈴はクローゼットにしがみ付きながら、抗議の声を張り上げた。


 〜〜〜


 美鈴がモモリーナに案内されたのは、ふた駅向こうにある喫茶店だった。アンティークな店構えにデザインされた、昔ながらの喫茶店だ。


「美鈴さん、心の準備はいいですか?」


「心の準備と言われても、何も聞かされてないんだけど?」


「そんな腑抜けた気持ちでどーするんですか。ここは戦場ですよ!」


「いや、だから何も聞かされてないんだって!」


 美鈴の困惑を置いてけぼりに、モモリーナはさっさと店の中に突入する。それからぐるりと店内を見回して、ひとつのテーブル席の横に進み出た。


「すみません、ちょっと遅れちゃいました」


「ちょ、ちょっとモモリーナ。アンタ何考えて…」


 慌てて美鈴がモモリーナの背中を追いかけると、


「モモリーナ⁉︎」


 聞き覚えのある声が店内に響いた。


「え、慎二⁉︎」


「うお、美鈴もか⁉︎」


「駄肉、どうしてここに?」


 そのとき慎二の向かいの席から、やはり聞き覚えのある女性の声が美鈴の耳に届く。


「麗華…」


「あら美鈴さん、こんにちは」


 麗華はチラリと美鈴に視線を向けるが、直ぐにモモリーナへと意識を戻した。


 おそらく麗華の眼中には、ずっと慎二と疎遠だった美鈴の事など入っていない。美鈴はキュッと唇を噛んだ。


「慎二さん、ちょっと失礼しますね」


 モモリーナが慎二を奥に押しやるように、シート席に強引に座り込む。


「お、おい、モモリーナ」


「駄肉、質問に答えなさい」


「ご注文は?」


 そのとき、背の高い渋めの男性マスターが、メモを片手に現れた。


「あ、アイスカフェオレをひとつ」


 モモリーナが右手を挙げて笑顔で答える。続いて男性マスターは、無言で美鈴に目線を向けた。


「あ、私もカフェオレを、ホットで」


 美鈴の注文を受けて、男性マスターはカウンターへと戻っていく。それを見届けてから、再び麗華が口を開いた。


「駄肉、そろそろ質問に…」

「駄肉駄肉、全くその通りです。スリムな麗華さんが羨ましいです」


 麗華の言葉を遮って、モモリーナが肩を回す仕草をする。その瞬間、麗華の頬がカッと紅潮した。


「貴女、いい加減に…っ!」

「どうしてここに、でしたか?」


 再度、麗華の言葉を遮ると、モモリーナはテーブルに身を乗り出してスッと両目を細めた。


「もちろん私と慎二さんが、それを知れる関係だからですよ」


「な…⁉︎」


 麗華は両目を一杯に見開くと、慌てて慎二の方に顔を向ける。


「慎二さん、一体どういう事ですか⁉︎」


「あ、いや…何の事だか、オレにもさっぱり」


 まるで浮気現場を押さえられた男性のように、慎二は面白いように狼狽えた。


「…お待ちどう」


 そのとき男性マスターが、二人分の注文の品を持って現れる。モモリーナにはアイスカフェオレを、未だ立ったままの美鈴に怪訝な表情を浮かべながらも、ホットカフェオレをテーブルに置いた。


「ごゆっくりどうぞ」


 そうして口数の少ない男性マスターが、カウンターへと戻っていく。


 美鈴はクッと気合いを入れると、来たばかりのホットカフェオレを一気に飲み干した。めちゃくちゃ熱くて、涙が零れる。だけどここで弱味は絶対に見せられない。ここは戦場なんだ!


「モモリーナ、矢面に立ってくれて、ありがとね」


 美鈴は飲み干したコーヒーカップを、カタンとソーサーに戻す。


「麗華、アンタの本当の相手は私なの。だからこれからは、ちゃんと私を見なさいよね!」


 美鈴は財布から二千円を取り出すと、バンと机に叩きつけた。


「帰るよ、モモリーナ」


「あ、ちょっと美鈴さんっ」


 モモリーナも自分のアイスカフェオレをゴクゴク飲み干すと、慌てて美鈴の後を追いかける。


 あー何だか、スッキリした気分。


 店から出る瞬間に振り返った美鈴の表情は、とても清々しい笑顔だった。

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