第2話 KAC20211「おうち時間」

「最近、考えたんだけどさ」


「…うん?」


 窓の向こうで、慎二が椅子の背もたれに身体を預けて傾けさせた。


 二階の自室のお互いの窓は、若干のズレはあるけれど、殆ど真正面に位置している。


「オレたち、中学に入ったくらいから、お互い疎遠になっただろ?」


「……うん」


 アンタが男友達とばかり、遊ぶようになったからなんだけど……


 美鈴は恨めしそうな瞳を慎二に向けた。


 もっとも、家が隣同士なのだから全く会わない訳じゃない。しかし交わすのは軽い挨拶程度で、二人一緖の登下校など結局一度もなかった。


「それがこうしてまた話すようになったのは、おうち時間が増えたからなんだよな」


「そうね」


 美鈴は大きく頷く。確かに慎二の言う通りだ。


 蔓延してるウイルス対策のために外出自粛の要請が出て、最初の頃は学校にも行けなかった。それが今や、オンライン授業やリモート会議なんかも当たり前になっている。


 友達と買い物に出掛けたり、たまの外食が出来ないのはちょっと辛い。とは言え慎二の言う通り、美鈴にとっては悪い事ばかりでもない。


「だけど私は雨の日以外、ちゃんと毎日、窓開けてたよ」


「お前な…」


 そのとき慎二が、苦笑いでコチラに向いた。


「男が女の部屋を堂々と覗いてたら変態だろ?」


「こっそりの方が変態だけどね」


「…まあ確かに」


「それに私だって、見られたくない時は流石に閉めてるわよ」


「それもそうか」


「そうよ」


 そうしてお互い、穏やか空気が流れ始める。


 あ、あれ? ちょっと待って。これってもしかして、何かしらのチャンスなんじゃない?


 美鈴はゴクリと息を飲んだ。それからおもむろに愛用の椅子から立ち上がり、窓枠に両手を掛けてグッと身を乗り出した。お互いの家の間は1メートルもない。


「慎二、あのね…」

「美鈴さん、リモートですよリモート。私、調べたんです!」


 そのとき突然、道路側の窓がガラリと開いた。


 驚いた美鈴が、慌ててそちらに顔を向ける。すると、ピンクのゆるふわパーマをかけたショートボブの美少女が、窓枠を乗り越えて現れた。


 白いレオタードに収まりきれないハレンチおっぱいをプルンと揺らして、カーペットの上にふわりと降り立つ。


「…モモリーナ、何しに来たの?」


 そのとき美鈴の声が、低く響いた。


「何しにって、勿論お役に立ちにですよ」


「…誰の?」


「誰のって、美鈴さんに決まってますよ」


「…何しに?」


「だからお役に立ちにって…美鈴さんどーしたんですか? 熱でもあるんじゃないですか?」


 モモリーナが心配そうに覗き込むと、美鈴のおでこに右手を当てる。


 アンタね……


 美鈴はガックリと肩を落とした。


「そんな事より聞いてください、美鈴さん!」


「…何よ?」


「私、調べたんです。今、人間界は外出もままならない状況で恋人たちも思うように逢えないとか。だけどこんな時こそリモートです! これを使えば逢えない二人も毎日顔を合わせる事が出来るんです!」


「よお、モモリーナ、元気そうだな」


「あ、慎二さん、こんにちは」


 モモリーナは反射的にお辞儀をすると、再び美鈴の方にグイッと詰め寄る。


「だから美鈴さんもコレを使えば…って、あれ?」


「……思い出した?」


 二人の顔を何度もキョロキョロ確認していたモモリーナが、美鈴のジト目を受けてやっと何かを思い出した。


「あはー、またまた私ったら、うっかりさん! そう言えばお二人は、お隣さんでしたね」


 ホントこのおっぱい女神、全部の栄養が胸に集まってるんじゃなかろーか…


 美鈴は大きな溜め息を吐いた。


 長い長いおうち時間、


 折れた恋愛フラグの直し方でも調べてみるか。

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