第5話 KAC20214「ホラー」

「これは私が見習いの頃、先輩女神から聞かされた話なんですが…」


 薄暗い部屋の中、ゆるふわパーマをかけた桃色ショートボブの少女が、トーンを落とした声で囁くように話し始めた。


「見習いの頃って、アンタ今でも見習いじゃない」


「あーもう、美鈴さんは黙っててください!」


 美鈴の冷静なツッコミに、モモリーナが頬をプクッと膨らませる。


「それにその時も見習いだったんだから、嘘は言ってません」


「……なるほど、確かに」


 美鈴は納得したように頷くと、隣に座る慎二の方へと顔を向けた。


「一体何が始まるの?」


「うーん…オレも、オレたち二人の為だからと、無理矢理連れて来られただけだからな」


「そうです! 私の話でドキドキすれば、お二人の為になるのですから、私に任せてください!」


「ドキドキって、アンタ…」


 このポンコツ女神、どうやらまた何処かで、くだらない知識でも仕入れて来たようだ。


「まさか怖い話でもするつもり?」


「え、なんで分かるん…っ」

「そもそも季節間違ってない?」


「え、季節⁉︎」


 そこからか……美鈴は小さな溜め息を吐く。


「まあまあ美鈴、オレたち二人の為って言うんだから、ちゃんと聞いてやろうぜ」


「そ、そうですよ! 美鈴さんの為にもなるのですから、ちゃんと協力してください!」


 慎二の助け船で息を吹き返したモモリーナは、強い口調で美鈴に詰め寄った。


「ハイハイ分かりました。協力します」


「分かって頂けたなら良かったです。では…」


 モモリーナはコホンとひとつ咳払いを挟むと、再び暗い雰囲気を醸し出す。


「これは私が見習いの頃、先輩女神から聞かされた話なんですが…」


 とある幸せな家庭に、ある日、新しい家族が誕生した。小学四年生の長男も、自分がお兄ちゃんになった事を大いに喜んだ。しかしその日以来、両親は弟にばかり付き添って、自分の事を全くかまってくれなくなった。両親の愛に飢えた長男は、いつしか心の中に昏い影が湧き上がる。

 弟さえ居なくなれば、両親はきっとまた自分を愛してくれる…

 その日長男は、居眠りしている母親の乳房に、手に入れた毒をこっそりと塗り付けた。


「そうして翌朝、母親の隣りで発見されたのは、何故か父親の死体だったのです……キャーーーっ!」


 モモリーナが両手を頬に当てて、思い切り大声で悲鳴をあげる。


「……」

「……」


「あ、あれ…怖くないですか?」


 何だか「すーん」としている二人の表情に、モモリーナは焦りに似た感情を覚えた。


「で…でしたら、とっておきのを聞かせてあげます。泣いても知りませんよ!」


 その赤児は、とても不思議な赤児だった。全く泣かないのだ。母親は子育てが楽だと喜んだ。しかし父親は、まだ見えていない筈の赤児の黒い瞳に、何故だか恐怖を感じていた。そんなある日、突然赤児が泣き出した。そして全く泣き止まなかった。昼頃から泣き始め、夕食が終わっても泣き止まない。とうとう五歳になる娘が「うるさい」と平手で赤児を叩いた。すると「お姉ちゃん」と呟き、赤児が忽然と泣き止んだ。両親は娘を叱ったが、赤児が喋った事を大いに喜んだ。

 翌朝、娘が死んでいた。

 両親は娘の死を酷く悲しんだ。そしてそれも漸く落ち着いた頃、再び赤児が泣き始めた。昼頃から泣き始め、深夜を過ぎても泣き止まない。とうとう母親が赤児を叩いた。赤児は「お母さん」と呟く。

 翌朝、母親が死んでいた。

 ひとり残された父親は恐怖に駆られる。やがて赤児が泣き始めた。それは三日三晩続き、とうとう父親は赤児を叩いてしまった。「お父さん」と呟く赤児の声に、父親は布団にくるまり次は自分の番だと震え続けた。


「そうして翌朝、急死している隣りのご主人が発見されたのです……キャーーーっ!」


「……」

「……」


「あ…あれ?」


「アンタ、わざとやってる?」


「え…怖くなかったですか?」


 溜め息混じりの美鈴の声に、モモリーナが不思議そうな顔をする。


「いや、ちゃんと怖かったぞ、モモリーナ」


「ですよね、慎二さん。どうですか、ドキドキしましたか?」


「あー…うん、そうだな」


「する訳ないわよ、こんな話で」


 キラキラとした翡翠色の瞳で慎二に詰め寄るモモリーナに、美鈴が呆れた声を出した。


「こんな話とは失礼ですね」


 美鈴のそのひと言に、モモリーナがムスッと頬を膨らませる。


「こんな話はこんな話よ、くだらない」


「だったら、ホントのホントにとっておきを出してあげます!」


 モモリーナは勢いよく立ち上がると、ビシッと美鈴を指差した。


「世にも奇妙なフラグ折れ女!」


「それはお前のせいだろおおお!」

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