第6話 KAC20215「スマホ」

「最近私のスマホ、電池の減りが早い気がするんだよね」


 美鈴が自室の窓越しに声をかけると、慎二が椅子の背もたれを鳴らしながらコチラに向いた。


「バッテリーの寿命かもな。どのくらい使ってるんだ?」


「もう四年、そろそろ替え時かなー」


 言いながら美鈴も、背もたれに身体を預けるように大きく伸びをする。それから目を細めて、チロリと慎二を盗み見た。


「慎二のスマホって使いやすい? 私も同じのにしよっかなー…?」


「え、何で? オレの元々型落ちだぞ? しかもコレに替えたの一年半も前だし」


「…………そっか」


 美鈴は、分からない程小さく溜め息を吐く。ホントこの男の恋愛フラグは反応が悪い。いや、自分のフラグが折れてるからか? 何にせよ、進展が無さ過ぎてヤキモキする。絶対、雰囲気は悪くない筈なのに…告白しようとすると邪魔が入る。


 ……いや、待てよ。


 そのとき美鈴は、天啓にも似た衝撃を受けた。


(邪魔が入ると分かっているなら、何があっても無視すれば良いんだ!)


 たどり着いた結論に、思わず息を飲む。もはや必勝と思われた。


 美鈴は大きく息を吸い込むと、椅子から勢いよく立ち上がる。そうして意を決した瞬間、


 慎二のスマホが「ポン」と鳴った。


 その音には聞き覚えがある……メッセージアプリの着信音だ。


 美鈴の様子になど気付かずに、慎二はひょいとスマホに手を伸ばす。


 言い出す事も出来ないなんて……意気込みを削がれた美鈴は、足の力が抜けたように椅子の上に崩れ落ちた。


 それからゆっくりと慎二の方に向き直ると、努めて冷静な顔で声を出す。


「友達?」


「ん? ああ、麗華だ」


「…………麗華⁉︎」


 美鈴は再び、跳ねるように立ち上がった。自分でも忙しいと思う。


「連絡先、失くしたんじゃないの⁉︎」


「この前、また申請が来た」


 そ、そうか!


 美鈴はハッとなって目を見開いた。


 連絡先を失くしたのは慎二だけで、麗華が慎二の連絡先を失くした訳ではなかったのだ。


 完全なる油断。美鈴はギュッと拳を握りしめた。


 そのとき慎二の家の一階から、女性の大きな声が聞こえてくる。知ってる声、慎二の母親だ。


「悪い、親が呼んでる」


 慎二は無造作にベッドにスマホを放り投げると、面倒臭そうに部屋から出ていった。


 ひとり残された美鈴は、無言のまま、ジッとある一点を見つめ続ける。その大きな瞳には、慎二のスマホが映っていた。


「気になりますよね?」


「ひゃあ⁉︎」


 突然背後から耳元で囁かれ、美鈴は思わず跳び上がる。慌てて振り返ると、桃色ショートボブの少女が立っていた。


「…モモリーナ、ホント心臓に悪いから勘弁して」


「そんな事より、気になりますよね?」


「……な、何が?」


 美鈴はニヘラと笑って、とぼけた声を出す。


「麗華さんて、この間の女性ですよね? 本当に気になりませんか?」


「な、なるよ、気になるよ! でもだから何?」


「でしたら覗いてみましょーよ」


 そう言ってモモリーナは、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。


「覗く……?」


「慎二さんのスマホを、です」


「な……⁉︎」


 そんなモモリーナの恐ろしい発言に、美鈴は思わず絶句する。


「だ、駄目よ! そんな勝手な事…っ!」


「とは言え、気になるんですよね?」


「そ、それはそうだけど…でも駄目! それにテレビで言ってた。夫婦円満の秘訣は、旦那のスマホを見ない事って!」


「それはご夫婦の話ですよね? 恋人でもない美鈴さんは、他の誰かに出し抜かれたら、それで終わりなんですよ?」


「う……」


 モモリーナの身も蓋もない正論に、美鈴は反論も出来ずに言葉を失う。しかしそんな雑念を振り払うように、ブンブンと首を横に振った。


「やっぱり駄目。どう考えても非常識」


「そうですか、分かりました。それなら私ひとりで見てきます」


「……え⁉︎」


 言うが早いか、モモリーナはひょいと窓枠を飛び越えると慎二の部屋に侵入する。


「ちょっとモモリーナ、どうせ無駄よ! 絶対ロック掛かってるから!」


「実はこの前こっそり見てて、解除の方法知ってるんです」


「は、はあ⁉︎」


「大丈夫ですよ。何が書いてあっても、美鈴さんには絶対教えませんから」


 そう言ってモモリーナは、慎二の部屋の窓をゆっくりと閉め始めた。


「ちょ、ちょっと、そんな事されたら余計に…」


 美鈴は慌てて右手を伸ばすが、モモリーナの爽やかな笑顔を最後に、ピシャリと窓が閉じられる。


「気になるに決まってんだろ、モモリーナっ!」


 天を仰いだ美鈴の声が、澄み渡った青空に、何処までも何処までも響き渡っていった。

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