第4話 KAC20213「直観」

「美鈴さん美鈴さん。慎二さんは今どこで、何をしてると思いますか?」


 モモリーナが、閉まっている窓を見つめながらそう呟いた。今日は久しぶりの大雨だ。しかも土砂降りと言っても良い。せっかく咲いた桜だが、この雨で散ってしまうかもしれない。


「…いきなり何よ?」


「暇なので、クイズです」


「暇ってアンタ…こんな所で油売ってて良いの? 仕事の方はどうなってるのよ?」


「今日は午前中で終わりです。なので午後からは暇なんです」


「午前中…って」


 そう言えば以前まえに、見習いとか言ってたな。もしかしてコイツ、バイトか何かか?


「で、分かりますか? それとも降参ですか?」


「アンタ、私を舐めないでよ」


 美鈴の身体から、淡いオーラが揺めき立った。


「慎二って、意外と運動好きなのよね。だから外出自粛の最初の頃に、運動用にエアロバイクを買ったのよ」


「あ、私知ってます。自転車みたいなやつですね」


「そう、それ」


 美鈴はモモリーナに相槌を打つ。


「まあ最近は、自粛の仕方も心得てきてランニングとかにも出てるみたいだけど、今日は見ての通り雨だから…」


 そう言って美鈴は、モモリーナを右手でビシッと指差した。


「ズバリ、部屋でエアロバイクに乗ってる!」


「せ、正解!」


 モモリーナが瞳を何度もまたたかせて、驚いた表情を見せる。


「……って、何でモモリーナに分かるのよ?」


「まあ見習いとは言え女神ですからね。このくらいは分かりますよ」


 その時モモリーナの翡翠色の瞳が、妖しくキラリと輝いた。


「何なら今日の下着の色も分かりますよ。知りたいですか?」


「は、はあ⁉︎ 別に知りたくないし…それにどうせ赤でしょ!」


「…え⁉︎」


「…え⁉︎」


 暫くの沈黙。直後に美鈴は真っ赤になった。


 な、何で私、赤なんて…⁉︎


 慎二が赤が好きな事は確かに知ってた。それに以前に一回、偶然…ホントに偶然見た事もある。だけどだからって何で……⁉︎


「あ、慎二さん、運動終わってお風呂入るみたい。ちょっと行ってお背中流してあげよーっと」


 モモリーナはすっくと立ち上がると、ひょいと窓に向かって飛び上がった。そのままスルリと、窓ガラスをすり抜ける。


 一瞬置いてけぼりを食らった美鈴は、やがて唐突に立ち上がった。


「ゆゆゆ許さないわよモモリーナ! そんな大それた事…っ!」


 ドタドタと階段を駆け下りると、勢いよく玄関から飛び出した。そのとき美鈴の行手を遮るように、雨が急に本降りになる。


 しかし土砂降りなんて何のその。そのまま隣の家に飛び込んで、脱衣所の扉を開け放った。


「モモリーナ!」


「おわっ⁉︎ …何だ美鈴か、驚かすなよ」


「モモリーナは…っ?」


「モモリーナ? 今日は見てないな……てか、そろそろ閉めてくれないか?」


「え…?」


 漸く冷静になった美鈴の視線の先には、赤い下着姿の慎二が苦笑いで立っていた。


「え? え?」


「普通逆だろ? こう言うの」


「わ…わあ⁉︎ ごめん、ごめんなさい!」


 美鈴は慌てて扉を閉める。そしてそのまま、その場にうずくまった。顔がみるみる上気していくのが分かる。心臓の鼓動も、痛いくらいにその激しさを増していった。


 そうして自分の醜態に苦悶していると、背後の扉がガチャリと開く。


「よく見たら、お前ビショ濡れだな。先に風呂に入るか?」


「へ?」


 声の方向を見上げると、慎二が優しい笑顔で見下ろしていた。


「は…ひ、大丈夫っ。直ぐに帰るからっ」


「せっかく来たんだから、ゆっくりしてけよ」


 そのとき美鈴の頭の上から、真っ白い綺麗なタオルが覆い被さる。


「それで身体拭いて、先に部屋で待ってろよ」


 それだけ言い残すと、慎二は脱衣所の扉をパタンと閉めた。それをしっかり確認すると、美鈴は抱き締めるようにタオルに顔をうずめた。とても良い匂いがする。


「またまた正解でしたね、美鈴さん」


 突然響き渡った少女の声に、美鈴は慌てて顔を上げた。すると二階に上がる階段の中腹に、モモリーナがニヤニヤ顔で座っている。


「そっちの直感も鋭いなんて、流石です」


「は、はあああ⁉︎ アンタ何言って…っ」


 しかしそのとき慎二の赤い下着姿が頭をよぎり、美鈴は再び白いタオルに顔を押し付けた。


 あーもう、そっちの直感とか何の事よ! 訳の分からない事を言わないでーーっ!

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