第9話 KAC20218「尊い」

「姫様、先方より賜ったこの指輪は、本来この様な使い方をするものではないのですよ」


 裾の長い給仕服を着た少女が、正面に立つ同じ年頃の少女に困った笑顔を向ける。


「知っています。ですが私は、この先どの様な事態に陥ろうとも、絶対にその様な使い方は致しません」


 言われた少女は、強い光を瞳に宿した。


「それにその様な使い方など、この指輪も本望ではないでしょう」


「いいえ姫様。この指輪もこの私も、全て姫様をお護りするために在るのです。そこをお間違いにならないようお願いします」


「怒りますよ、李緒リオ。例えそれが貴女の尊い意志であろうと、尊重する訳には参りません。それに、この先の貴女の役目は、もう決まっております」


「役目が決まって? 姫様、一体何を仰って…」


「貴女には、私の無二の親友になって頂きます。この先の生涯、離れる事は赦しません」


「な…そ、そんな畏れ多いこと…っ⁉︎」


 慌てふためく李緒の手を取ると、隙をついてその中指に指輪をはめる。すると水色おさげ髪の少女の容姿が、まるで生写しのように、桃色ショートボブの少女の姿に変貌を遂げた。


「どうせ長くても、あと三ヶ月。そのくらいのワガママは、親友なら聞いてくれるものですよ」


 そう言って少女は、チロリ可愛く舌を出す。


「な…さ、三ヶ月⁉︎ バレます! それはいくら何でもバレてしまいますっ!」


「私は親友を信じています。李緒ならきっと、大丈夫ですよ」


「姫様、親友という言葉は、便利な小間使いという意味ではありませ……姫様? 姫様っっ」


 しかし李緒のその言葉は、ひとり残された広い寝所に虚しく響くだけであった。


 〜〜〜


「なんて事を口走ったんだ、私はーーっ!」


 美鈴は叫びながら、自分のベッドの上をゴロゴロと転がり回る。


 あの時は気持ちが昂ってたから、貴族が白い手袋を叩きつけるように、麗華に宣戦布告を行った。


 …まあ、それはまだ良しとしよう。


 しかし吐いた台詞がいけなかった。どう考えても格好をつけ過ぎた。


 あの内容では、麗華との直接対決を経ずして、抜け駆けしてひょっこり慎二と付き合う訳にはいかないではないか。


「あーホントにしくじったああ」


 美鈴は仰向けの体勢で、両手で顔を覆いながら大きな溜め息を吐いた。


「あの時の私の感動を、返して欲しい気分です」


 そのとき突然、呆れたような少女の声が、部屋の中に響き渡る。驚いた美鈴が慌てて上半身を起こすと、道路側の窓枠にモモリーナが腰掛けていた。


「アンタ、せめてノックくらいはしてくれない?」


「そんな事は、どーでもいいんです!」


 いや、良くはないんだけど……美鈴は小さな溜め息を吐く。


「そんな事よりどーして今日は、窓を開けていないんですか?」


「あ、いやー…」


 モモリーナに指摘され、美鈴は両目を泳がせながら曖昧な笑顔を作った。


「どういう顔で慎二と話せばいいのか、何だか分からなくって」


 美鈴の態度に、モモリーナはニヤリと悪い笑みを浮かべる。それから無言でスタスタと移動し、いつもの窓を勢いよく開け放った。


「あ、ちょ…っ」

「うおっ⁉︎ ビビった、モモリーナか」


 そのとき驚いた慎二の声が、部屋の中に飛び込んでくる。美鈴は思わず布団の中に潜り込んだ。


「こんにちは、慎二さん」


「よお、モモリーナ。美鈴は?」


「ベッドで横になっています」


「体調が悪いのか?」


「どーでしょうか? 私には、元気があり過ぎるように見えますが」


「何だそれ? 大事な話があるんだけどな」


 大事な話⁉︎ 美鈴がチラリと、布団から顔を半分覗かせる。それを横目で確認したモモリーナは、再びニヤリと笑みを浮かべた。


「差し支えがなければ、私が代わりにお聞きしましょうか?」


「ちょちょちょっと、何でモモリーナが代わりに聞くのよ!」


 美鈴は慌てて飛び起きると、モモリーナの肩をガシッと掴む。


「おう、美鈴。身体は大丈夫なのか?」


「あ、うん…大丈夫。別に体調不良って訳じゃないから」


 慎二の顔をまともに見れずに、美鈴は照れ臭そうに目線を逸らした。


「それより、私に話って…?」


「ああ、そうだったな。これ、返しとく」


「…………え⁉︎」


 窓越しに差し出された二千円を見て、美鈴の両目が真ん丸になる。


「あの店はオレが持つ事にしたから、返しとこうと思ってな」


「もしかして、昨日の…っ⁉︎」


「ああ」


「あ、そう…ハハハ」


 叩きつけた筈の白い手袋が、思わぬルートで帰ってきた。美鈴の口から、乾いた笑いが零れ落ちる。


「大事な話って、これ?」


「お金の事だからな」


 生真面目な表情を浮かべる慎二を見て、モモリーナが吹き出したように笑い始めた。


「アハハ、さすが慎二さんと美鈴さんのお二人です。推しが尊過ぎて最高です」


「推しとか言うな」


「ひゃん」


 そのとき美鈴のチョップが、モモリーナの脳天に炸裂する。


 それでもモモリーナの楽しそうな笑い声は、とどまる事なく響き続けた。

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