第10話 KAC20219「ソロ◯◯」
「ほい、お土産」
窓越しに慎二から差し出された紙袋を、美鈴は困惑顔で受け取った。
「何これ?」
「大鏡って和菓子」
「大鏡? へえ、全然知らない」
「オレも知らなかったけど、わりと有名らしい」
「そーなんだ」
「それよりさ、その袋の絵を見てどう思う?」
「袋の絵?」
言われるがままに、美鈴は紙袋へと視線を移す。するとそこには、着物のお爺さんに耳打ちする、侍の姿が描かれていた。
「どうって、耳打ちしてる」
「普通、そう思うよな!」
美鈴の返答に、慎二は待ってましたと言わんばかりに瞳を輝かせる。
「それ、耳の臭いを嗅いでるらしいぜ」
「は…はあ⁉︎」
美鈴は思わず目を見開いた。予想の斜め上どころの話ではない。
「何それ⁉︎ そいつ一体、何フェチよ」
「だろ? だからオレも気になってさ、ちょっと調べてみたんだよ」
慎二は「フフン」と鼻を鳴らすと、腕を組んで胸を反らせた。
「先ずその爺さん、太閤秀吉らしい」
「太閤秀吉って…豊臣秀吉⁉︎」
「それでその侍は、大阪の堺市に
「ソロリシンザエモン?」
「そう。店の名前の由来になってる」
「…え⁉︎」
慌ててお土産の袋を見返すと、確かにお店の名前に使われている。
「その曽呂利って人が結構頭が良くてさ、秀吉に気に入られて褒美は何が良いか尋ねられた時に、いつ如何なる時でも秀吉の耳の臭いを嗅ぐ権利をくれと要求したらしい」
「……頭が悪い、の間違いじゃない?」
「それがそうでもないんだ。秀吉も、まあそのくらいならと許可を出すんだけど、曽呂利新左衛門はここからが凄い!」
「耳フェチ界の神にでもなったの?」
「美鈴も所詮はその程度か」
「む……」
慎二の勝ち誇ったような表情に、美鈴は頬をプクッと膨らませた。
「この男は秀吉の重鎮が集まる軍議のような場にやってきて、褒美の実行を申し出るんだ。秀吉もさすがは天下人、本当に如何なる時でもそれを許した。曽呂利はただ単に耳の臭いを嗅いでるだけ。だけど実態を知らない他の重鎮たちから見たら、どう見えると思う?」
「…あ、何か耳打ちしてるように見える!」
「そう! そしてそれが何度も続けば、腹に何やら抱えてる人ほど、その内容が気になって気になって仕方がない。やがて曽呂利新左衛門に気に入られようと、たくさんの貢ぎ物が贈られてくるようになったんだ」
「え、メッチャ頭良い!」
「…だろ?」
美鈴の反応に、慎二は嬉しそうにニヤリと笑う。
「この人、他にも結構、色んな逸話が残っててさ。例えば米粒を百日間、倍々で貰うとか」
「バイバイ?」
「初日は一粒、二日目は二粒、三日目は四粒…って具合に」
「あ、それ、聞いた事ある」
「オレも。それでさ、褒美として一旦は許可を出されたのに、百日後はどエライ事になると分かった秀吉から、褒美の変更を懇願されたらしい」
「へー、凄い」
「それとある時、流行り病で堺の町民が困窮するような出来事があってさ、そのとき曽呂利新左衛門が秀吉に、自分が用意した袋一杯に米を分けて欲しいと申し出るんだ」
「え、そんな困ってるのに、本当にお米一袋なんかで大丈夫なの?」
「それは秀吉も心配した様だけど、とにかくその申し出を許可するんだ。そしたら後日、アホほどデカイ袋を持ってきて、米倉を丸ごとすっぽり包んで約束の一袋だと言い出した」
「何それ、そんなのアリ⁉︎」
美鈴は呆れたように、声を張り上げた。
「それが、アリだったんだ。秀吉も、堺の民の為ならとそれを許した」
「おおー、漢気」
「そうだな。今でも堺市の人に、秀吉が愛されてる所以だろうな」
慎二の話がひと段落ついたタイミングで、美鈴がお土産の和菓子の箱を開く。ちょうど二つ入りだったので、慎二にも渡して二人で食べた。白あんの程よい甘さが、本当に美味しい。
「私、最近、慎二に貰ってばかりだな」
「…他に何かあったか?」
「ほらこの前、コーヒー奢って貰ったし、私もお返し考えないと」
「まあ美鈴がどうしてもってなら、そうだな…耳の匂いを嗅ぐ権利でいいぞ」
「……え⁉︎」
ニヤケ顔での慎二の発言に、美鈴は思わず両目を見開いた。
「お、おい、冗談…っ」
「ホントのホントに欲しい?」
真っ赤に上気した顔の美鈴から真剣な瞳で見つめられ、慎二は慌てたように目を逸す。それからひと呼吸置いて、ゆっくりと口を開いた。
「…くれるなら、貰うけど?」
「だったら私は、慎二さんの耳を嗅ぎますね」
いきなり部屋の上から桃色ショートボブの少女がストンと降ってきて、慎二の耳に顔を寄せてクンクンと鼻を鳴らす。
「おわっ、モモリーナっ⁉︎」
慎二は焦ったように飛び
そのとき雰囲気をぶち壊された美鈴の口から、腹の底まで響くような声が湧き上がる。
「モモリーナぁぁああ」
今、絶対いい感じだった…
今、絶対いい感じだった……
口ほどに物を言う瞳が真っ赤に輝き、美鈴は喉も張り裂けんばかりに声を張り上げた。
「アンタ絶対、わざとやってるでしよーーっ!」
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