第55話《護人》 ~最終章『未来』完~

 隣を走っていた男の頭が揺れた。赤い液体が飛び散る。膝を折るその姿を横目に、優助はジャベリンを投擲した。

 彼の名前は知っている。目を輝かせ、ケンジと名乗ったことはよく覚えている。今のところ、彼らの救援を考える余裕は持てている。

 目視では追い付かないが、機人ならば投石を防ぐことは可能だ。当たったところで、傷ひとつ付かない。

 槍持ち達の生死は、機人による防御が握っていた。


「大丈夫か?」


 側頭部を押さえるケンジに、外部スピーカーを使い声をかける。指の間から、赤い滴が伝っているのが見えた。


「はい、なんとか」


 ふらりと立ち上がり返答をするが、顔色が悪い。一瞬でも遅かったら、彼の命はなかっただろう。


「間に合ってよかった。下がって治療を受けろ」

「いや……でも……」

「命令だ」


 ケンジに強い言葉を放ちつつ、周囲を索敵する。この近辺には、先程の一体だけのようだ。ジャベリンの命中と停止信号の到達を確認した優助は、機人の黒く太い左腕を下げた。試作二式から移植した左腕には、機人を覆うほどの巨大な金属板が取り付けられていた。


 今回の作戦目的は、ササジマ市周辺に残った生体兵器の駆除と、槍持ちとの連携訓練だ。正人が防衛部長に就任し半年、ようやく計画の前段が進み出したということになる。


 新部長体制になってすぐ、組織は大規模な改編が行われた。直接対応室と特殊運用室は解体合併され《生物兵器対応室》が新設となった。古宮室長は防人をササジマ市直属とすべく、経営者連中と激しい交渉に明け暮れた。彼女は当時「もう室長じゃないけど室長は私を殺す気なのか」と嬉しそうに漏らしていた。

 防衛部の財政が傾きかける程の保証金を出し、なんとか交渉は落ち着きをみせた。それでも、多数の防人経営者はササジマ市を見捨て、他の都市に移っていった。


 五つ残る生産設備での戦闘を考えると、機人は極力消耗させられない。そのため、槍持ちや巫女を効率的に活用できる状態にするのが急務であった。

 それともうひとつ、彼らを必要以上に消耗させるのは非効率的であると、内外に知らしめる目的もあった。正人にとっては途中経過に過ぎないが、優助と理保にとってはこれが主目的とも言えた。


 優助が大変だったのはそれからだった。久美から槍持ちの教育担当を命じられたのだ。将来的には指揮官として彼らをまとめる立場になるとも。

 まず行わなければならなかったのが、価値観の矯正だった。『人間に従い人間のために死ぬ』を『自身の存在を守りつつ戦う』へと変化させるのは大変な労力を要した。自動学習装置により根付かされている思考を変えるのは、簡単なことではなかった。

 

 同じく理保には、巫女の教育が命じられた。感情を持たされなかった彼女らは、自ら思考することはない。叫びに反応して、生体兵器の停止信号を発するだけの存在だ。

 しかし、有機的に運用するには、最低限の自意識は必要になる。できれば脳波の出力を高めるための感情もほしい。異端の巫女である理保は、それを教えるには最適だとの仰せだった。


 約三ヶ月続いた訓練期間は、二人にとって酷く疲れる毎日だった。愚痴を言い合ったことは数えきれない。それでもやり遂げられたのは、お互いがお互いをしっかり想っていたからだと、優助は知っていた。


 そして今、その成果を示すための作戦が実行されている。場所はササジマ市の東にある、森林化した廃墟郡の中だ。北にある生産設備が動かない今、ササジマ市周囲に残った生体兵器は残りすくない。恐らく、この場に巣食うのが最後の集団だ。


「接敵だ。訓練通りにな。焦るなよ!」


 通信機に向かって叫ぶ。すぐに複数の復唱が聞こえてきた。作戦に参加している槍持ちは皆、揃いの戦闘服を着て、耳かけ式の通信機を装着している。部長が変わる前との扱いの差に、全員が目を丸くしていたのを思い出す。とりあえずの士気は問題なさそうだ。

 槍は改良され、柄と穂先が分かれる構造に変わっている。生体兵器に突き刺して停止信号を受信した後は、穂先を交換すれば再使用が可能になる。これで、槍持ち一人あたりの継戦能力は格段に向上した。


 生体兵器の攻撃で特にやっかいなのが投石だ。機人のセンサーで敵の配置を把握し、的にならないよう通信機で誘導するよう対策をしている。それでも危険な場合は、先程のように機人で防御をする。完璧とは言えないが、損耗はある程度防げるはずだ。


『みんなー、準備はいいー?』


 情報照射装置から、理保の声が脳に響く。作戦中だというのに、相変わらずの明るさに安心してしまう。通信機からは小さく巫女達の返事も聞こえてきた。あっちも上手くやれているようだ。

 後方に配置されている装甲車の荷台は、巫女達の舞台に改造されていた。機人が収集した現場の情報は、装甲車の電算装置に送られる。目標は車内の指揮官とオペレーターにより優先順位付けされ、理保へと指令が飛ぶ。理保は配下の巫女へと停止信号の発信先を指示する。

 一見手間が多い手法だが、敵の数が増えた際は非常に有効的だと考えられていた。組織の意思は効率的に集約されるべきだ。


 作戦は想定の半分程度の時間で完了した。生体兵器五十二体を全滅されるのに、槍持ちは動員三十二人、死者三人、重軽傷合わせて六人。

 結果はこれまでの固定観念を覆すものだった。過去に例を見ない大戦果だ。だが、優助は素直に喜べなかった。


 あの日、正人は『すぐには変わらない』と言った。まずは兵器としての優秀さを示し、損耗を抑えることを当たり前にする。それから徐々に、人間と交流させ、親しき隣人となるまで待つ。

 今回はその計画の第一歩となるものだ。だから、優助は喜んでみせる必要があった。しかし、槍持ちの扱いを変えるということは、彼らの死が持つ重さも変わるということだ。


『理保、ユウキとヨウイチとカズヤが死んだよ』

『うん』

『死ぬって、辛いんだな』


 情報照射装置による会話は、二人以外に漏れることはない。今だけは、弱音を吐いていたかった。


 当初の計画通り、正人はこの戦果を後ろ盾に、近隣都市の防衛部へと組織改革を打診した。その提案は後に、《都市間連立防衛組織 護人もりと》の樹立へと繋がることとなる。

 

 そして、真実を知ってちょうど一年。優助の前には、見渡す限り生体兵器が群をなしていた。遠方に見えるのは、日本と呼ばれた国に落ちた六つの生体兵器生産設備のひとつだ。


 道を遮るのは、今や目的も意味もなく人を食うだけのケモノ。優助は、その哀れな獣に向け、祈るように目を閉じた。


『さぁ、いこうか』

『うん』


 優助を包む金属の巨人は、弾かれたように加速した。




【その祈りは獣に捧ぐ】 完

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その祈りは獣に捧ぐ 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho

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