第3話 気怠い系イケメンは、ちょっと何考えてるか分からない



 俺の退路を塞いだのは、気怠い系のイケメン男子だった。

 しかし新たにイケメンが寄ってきたって正直全然嬉しくない。

 

(せめて女子なら良かったのに! ……いやいやそうじゃない。挟まれたのが1番の問題だ!しかもコイツら友達かっ!)


 絶望的な状態だ。

 頭は混乱してるし、逃げられないし。

 何よりまだ車椅子が全然動かない。


「いつもギリギリなのに今日は珍しく早いじゃん」

「あぁ、ちょっとたまたま早起きで」


 俺の車椅子をガッチリ両手でホールドな女の子に、大欠伸をしながら彼がそう言った。

 そんな彼に俺は思う。


(よりによって何で今日早起きしちゃったかな?!間の悪いヤツめ!っていうか、何でこの車椅子ビクとも……まさか、この女の子に俺、力負けして……?)


 恐る恐る彼女を見る。

 が、彼女には大して踏ん張っている様子は見られない。


(え? 何そんなに余裕なの?! 俺ってそんなにひ弱だったの?! まぁ体力には全く自信無いんだけどさ!)


 頭の中を、ゴリラ筋肉な彼女と同い年の女の子に力負けしているという屈辱がグルグル回る。

 が、その間にも彼らの間で会話は続いていた。

 

「で、何してんの?」

「だって何か大怪我っぽいし!」

「だって車椅子だし」

「だってギプスだし?」

「あっそう」


 自分聞いておいて、彼は興味なさげにふわぁ〜っとまた大きな欠伸を一つした。

 そして左手で何故か車椅子の持ち手を握り、少し屈む様な体制で右手が俺の左前へと伸ばされる。



 体の接触はない。

 しかし後ろから羽交い締めにされる要領で手を伸ばされれば、シャンプーなのか、ワックスなのか。

 普段嗅ぎ慣れない特有の香りがフワリと、背中越しの微かな体温と共に齎された。

 

 そうでなくとも友達の居ない俺は、当たり前だがそんなものに急接近された事は無い。

 いくら相手が男だろうが、その事実だけで心臓は跳ねた。


 その時である。


 カチャンッ。

 カチャンッ。


 両輪の後ろに付いているブレーキレバーが解放された。



 車椅子が動かなかったのは、まさかのブレーキレバーを入れていたからだった。

 そんな事実に遅ればせながら気がついて、俺は安堵なのか何なのか分からない脱力感にみまわれる。


(……いやまぁ「女の子に力負け」なんていう情けない現実に向き合わなくて済んだのは良かったけど、まさかのブレーキ! いつレバー入れたんだ俺?!)


 偶々そうなったのか。

 否しかし、偶々で両方とも入っちゃう可能性が一体どのくらいあるのだろう。


 一応家で何度も練習したし、もしかしたら止まった時に無意識で入れちゃってたのかもしれない。


 そんな事を考えていると、体温の遠退いた背中越しに今度はこんな声が掛けられた。

 

「っていうか絵理沙、取り敢えずそこどけよ。教室に入れない」

「あっ、そうだねごめーん」


 彼の鶴の一声で、目の前の彼女との近すぎた距離が遠ざかる。

 お陰でずっと仰け反っていた俺の背筋はやっと負荷から解放されて、ふぅと一息付けられた。



 そのお陰か、脳みそも少し落ち着いて来た。


 うん、この男には一応感謝しておこう。

 ……流石に今のタイミングでいきなり第一声が「ありがとう」とかはハードル高過ぎるので、心の中で。

 

(だって「はぁ?何言ってんのコイツ」って顔とかされたら、俺もうちょっと泣いちゃいそうだしね)


 うんうん、と1人肯首しながらそんな事を考える。

 すると次の瞬間、思いもよらなかったベクトル変化が俺の体に加えられる。


 

 緩やかに、車椅子が進行を開始している。

 俺の意思に反して。


 そんな事実に、大した振動や反動があった訳でもないのに俺は、思わず「ぅわっ」という情けない声を出してしまった。


(何事だ?!)


 そんな風に思いながら反射的に振り返り、あの気怠い系イケメンが車椅子を押している事に気付く。


 何故。

 そんな風に思ったが、頭の回り始めた俺は一拍遅れてすぐに気付いた。


(……あ、そうか。車椅子、完全にドア塞いでたもんな)


 さっきの女の子との会話を思い出し、邪魔だから動かしたのだと理解する。

 

 ちょっとの申し訳なさを抱きつつ、心の中で「今度はお礼を言っても不自然じゃないかな」なんて考えた。


 しかし。


「で、お前の席どこだっけ……?」

「えっ」


 お礼を言う前にあちらから齎されたその問いに、俺は思わず声を上げた。

 しかし見下ろしてくる眠そうな目に促されて、反射的にこう答える。

 

「ま、窓側の後ろから2番目……」

「……そ」


 彼の返した言葉は実にそっけない1文字だった。

 しかしそれでも車椅子は俺が示した方へと進む。



 退けて終わりじゃなくって、どうやらまさかの席まで送迎付きのようだ。

 そう気が付いて驚いて、また後ろの彼を見上げた。

 しかし、眠そうなだけでそれ以上の感情が読めない。


 面倒臭そうにしている様に見えるし、ただ眠いだけの様にも見える。


 というか、そもそも彼と話した事なんて無いのだ。

 分かりにくいその表情を正しく読み解ける筈なんてない。



 そんなこんなしている内に、指定の場所に到着した。

 置かれていた椅子が邪魔だったので退けてくれて、机の所に車椅子を入れてくれて。


 流石に「ありがとう」を言おうとした時だ。


「で、お前の名前、何だっけ?」

「……伊藤です」

「ふーん」


 やはり自分で聞いておいて、彼は興味無さげな相槌を打った。


 「やっぱりコイツも俺の名前覚えてなかった」という一滴の悲しみと諦めと、そして「聞いてどうすんだ?」という疑問が頭を過っている内に、彼はスタスタと歩いて行ってしまう。


 気付いた時には結構距離が空いていて、お礼を言うならちょっと声を張らないといけなくて。

 そんな勇気は無くて俺は、結局お礼を言えずじまいになってしまった。




 

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