ぼんやり王子とまさかの展開(織田編)

第8話 我慢するのを辞めた俺



 例の車椅子で廊下爆走からの理不尽な説教に巻き込まれた事件から、はや3日。

 俺と神崎の関係は。


「うっわ、相変わらず今日もどんくさい。どんくさ過ぎて邪魔よどいて」

「俺だって好きでどんくさい訳じゃないわ!」


 邪魔だと言いながら車椅子の車輪をゲシゲシと蹴ってくる神崎に、俺はそう言い返す。


 確かに俺はどんくさい。

 学内での車椅子生活も、もう2週間目。

 それなのに、未だに上手く車椅子を操れない。

 たまにテレビで車椅子でスポーツをしている人を見かけるが、彼らは凄い。

 すごく凄い。

 ちょっとボキャブラ不足でこれ以上の言葉が出てこないのだが、本当に心の底から尊敬したい。



 それはそうと、依然として車輪を蹴る神崎のせいで、俺はずっと振動を受けている。


 悪戯混じりなその攻撃は、一応は常識の範囲内のため大きな問題にはならない。

 しかしそれとイラッと来るのとは、また別の話だ。


「あーもぅ! お前は小学生低学年のいじめっ子か何かなのか!」


 あの日を機に、俺は少しだけ変わった。

 否、変えたという方が正しいか。


 一体何を変えたのかというと、『神崎への接し方を』だ。



 シートベルト無しのジェットコースターと「むしろ感謝しろ」という暴言、更に要らぬ説教にまで巻き込まれて、俺はもうプツンと切れた。

 端的にいうと、バカらしくなったのだ。

 彼女相手に遠慮して言いたい事を言わないのは。



 俺がした反論に、神崎は腰に手を当ててらまるでこちらを見下す様に「はぁー?」と言った。


「それって一体どういう意味よ!」

「お前のする事は小学低学年レベルだっていう事だ!」

「何ですってー?! 伊藤のくせにマジで生意気!」


 だからそういう返しとかが、一々小学生低学年レベルなんだっつーの。

 もうちょっと語彙力磨け!


 ……いやまぁ、語彙力的には俺もあんまり自信ないけど。

 ついさっき、正に自分の語彙力の無さを痛感したところだし。


 そんな風に思い至れば、自分の勉強不足にはちょっとだけ反省の念を抱く。

 しかしそれは、決して表面には出さない。


 ここ3日で分かったが、相手の弱点を見つけるやいなやそこを集中的に叩き倒すのが、神崎のスタイルだ。


 出した瞬間に付け入られる。

 そう、ここは正に弱肉強食の世界なのだ。



 警戒しつつ、俺は神崎の次の出方をじっと待つ。

 と、その時だ。


「2人とも、すっかり仲良くなったんだねー!」


 そう言われて振り向けば、小林さんがコロコロと笑っていた。


 楽しそうなのは何よりだ。

 だが、正直言ってその評価はいただけない。


「えっーと、その、それはちょっと不本意というか……」

「絵里沙アンタね、一体今のどこをどう解釈したらそうなっちゃうのよ。ホントにやめてよあー最悪」


 俺が懸命にどうにかして意義を唱えようとする隣で、神崎は簡単に暴言という名のリーサル・ウェポンを解き放つ。


 言いたい事の本筋は、まぁ確かに俺と同じだ。

 しかし、何と言えばいいのか。

 

(もしかしたら神崎には、俺をイラつかせる才能でも備わってるのかも)


 それほどまでに、言葉のチョイスと馬鹿にするようなその口調は、俺に対する嫌味をストレートに告げてくる。


「お前に言われると何か腹立つ」

「それはこっちのセリフだっての! っていうか何今の。私と絵里沙に対する態度、あまりにも差がありすぎじゃないのよ!」

「まぁお前には『悪く思われたくない』とか、もう全然無いからな」


 彼女の抗議に、俺はフンッと鼻で息を吐きながら言う。

 すると彼女は何故か、俺にニヤリと笑ってきた。


「あぁ、なるほど。つまりこっちが本性な訳ね? うわー最悪、完全に猫っかぶりじゃん! っていうか……」


 何故なのか、彼女は言葉を少し溜めた。

 何だろうと思っていると――。


「私にはもう『悪く思われたくないとかは全然無い』って、アンタそれ、暗に『絵里沙にはよく思われたい』って言ってるのと同じだからね?」

「なっ! 違っ!!」


 いや、違くはない。

 そりゃぁ誰しも、嫌いじゃない相手には好意を持たれたいものだ。

 でも神崎の言っているのはそうじゃない。


「いや、その、これは別に恋愛的なアレではなくて、善良な小林さんには人として嫌われたくないというか――」

「『善良』って……」


 プッと吹き出した神崎を、俺はムッとして睨みつける。


 善良っていうのは、確かにちょっと言葉のチョイスを誤った感があるかもしれない。

 でも仕方がないじゃないか。

 だって焦って弁解しようとしたら、良い言葉なんて全然出てこなかったんだから。


 そんな俺の賢明な足掻きを笑うとは、この女。


「因みにお前は『悪質』だ」

「何よソレ!」

「別に? そのまんまの意味だけど」


 優しい小林さんと比べれば、天と地ほどの差が存在する。

 

 一々突っかかってきたり、車椅子を地味に蹴ったり、こんな風に俺を揶揄ってみたり。

 それを俺が嫌がると分かっててしてるんだから、『悪質』と言わずして何と言う。



 俺と神崎は、2人して互いに互いを睨みつけた。

 そうして少しの間、期せずして睨めっこ状態が出来上がる。

 すると。


「まぁまぁ2人共、落ち着いて」


 小林さんが優しく間に割って入る。


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