喧嘩腰と理不尽と(神崎編)

第4話 「クラスメイトの癖に最低ー」とか言ってお前も俺の名前、知らないだろう



 インキャの俺がまさかのクラスメイトに絡まれる。

 そんな天変地異から数日後、俺はいつもの平凡かつ平坦な灰色生活を取り戻して――はいなかった。


「おはよー!」


 たった4日前とは違う日常が、今俺の目の前にある。


 車椅子登校は大変だ。

 教室の自分の机に到着した俺は、いつも一仕事終えた後の淡い疲労と達成感に包まれる。

 

 だから休憩したいのだ。

 しかしそんな俺に休ませまいと今日も1人の女の子がやってきた。



 彼女の名前は小林 絵里沙(こばやし えりさ)。

 初日1番に絡んできた、あの子である。


「おはよー?」


 彼女の事は、実は初日から知っていた。

 クラスメイトだしそもそも目立つ子容姿と人懐っこさを持った子なのだから、俺はおろか学年中探しても彼女を知らない人はいないんじゃないかと思うくらいだ。


 あの時咄嗟に名前が出てこなかったのは混乱していたからとしか言いようがないが、それにしたってアホだったと自覚している。


「おーい?」


 しかしそれも学校以外の時間を挟んで4日も時間が経ってしまえば流石に少しは冷静になれるわけで、だから彼女の名前も彼女がどういう人物なのかももう分かっているのだが。

 

「おはようってば!」

「ぅわっ?!」


 ズイッと距離を詰められて、俺は思わず奇声を上げた。

 

 ちっ、近い近い近い近い!

 今日も顔が近い!

 ホントコイツのパーソナルスペース、一体どうなってるんだ!

 ……いやさ、流石に話しかけられてるのに考えに耽って返事を疎かにした俺も悪い。

 悪いけどさ、もうちょっとどうにかしてくれんだろうか!



 驚きと共に体を引けば、やはり背凭れが邪魔をした。


 普通の椅子と違って簡単に後ろにひっくり返る事がないのは幸いだ。

 しかし如何せん逃げ道がない。



 なんて事を思っていると、少し離れた所からこんな声が掛けられる。


「ちょっと絵里沙ー? 止めたげなよ」


 そう言ったのは、やはり4日前小林に続いて俺に絡んできた女の子である。

 よくぞ言った、小林のお友達。


「根暗ボッチ君にそんな距離詰めたら可哀想だってー」


 ちょっと待て前言撤回、何だその見下した様な嘲笑い(あざけわらい)は。


 まぁ、言っている事は概ね正しい。

 が、それにしたって失礼だ。


 数日見てて思ったがコイツは俺に対してだけ、何故かとっても辛辣だ。

 まぁもしかしたらそもそも根暗な人種が嫌いなのかもしれないが、そんなのはどうでもいい。


 ……よし。

 ムカつくのでちょっとした仕返しをしよう。


「誰だお前」


 4日前まで学校では教師に何か言われない限り全く話さなかった俺だ、流石に堂々とはそんな事は言えやしない。

 そのせいでボソリとした呟きの様になってしまったが、幸いと言うべきか。

 周りはそれほど騒がしくなく、彼女の耳にもどうやら何を言ったか聞こえた様だ。


「はぁー?!」


 きっとイラっときたのだろう。

 抗議じみた声を上げて、彼女はズンズンと机三列分の距離をあっという間に詰めてくる。

 

 そして俺の前まで来ると、机をダンッと叩いて言った。


「神崎 美里(かんざき みさと)よ、同じクラスなのに名前も覚えてないとかマジ最低ー!」


 名前くらいは知ってるさ。

 知ってて聞いた。

 だって仕返しだしな。


 おーおー、とてもご立腹だ。

 そうだろう、嫌ってるやつに「そもそもお前誰?」とか聞かれたら、そりゃぁ確かに苛つくだろう。


 しかしな、お前。

 その言葉はブーメランだ。


「じゃぁお前は俺の名前を知ってるのかよ」


 そう言ってやると、数秒の沈黙の後、彼女の視線がゆっくりと逸らされた。

 顔に「ヤバい知らない」って書いてあるぞ。

 焦ってんの丸出しじゃねぇか。

 

 ……まぁ胸を張って「アンタみたいな底辺の名前なんて私が知る筈ないでしょう?」とか言わないだけ、マシかもしれない。

 知らない事に多少は罪悪感もあるみたいだし。


 しかしな神崎、「クラスメイトの癖に最低ー」とか言う前に自分がそれに当てはまらない事くらいは確認してもいいんじゃないか?

 もしかしたらコイツ、ちょっとアホなのかもしれない。



 流石に口に出して言う勇気は無いので、そんな気持ちは全部ジト目に乗せておく。

 すると彼女の泳いだ視線が、とある一点でピタリと止まった。


 そして顔が後めたさからしてやったりへと、パッと様変わりする。


「知ってるわよ、近藤!」


 違うそれは俺じゃない。


 誰だ近藤って。

 ……と思ったが、ははーん。

 お前何故か机の上にあるこのノートの名前を見たな。

 しかし残念、これは俺のノートじゃない。

 

 っていうか書いてあるクラス見てみろ、ガッツリ「1-C」って書いてあるぞ。

 うちのクラスは「1-B」だ。

 大方、放課後にでもこの机を使ったやつが置き忘れていったんだろう。


 なんて思っていると。


「……美里、お前何朝から田中に絡んでるんだ?」


 そんな男の声が聞こえて、神崎が「えっ?!」と驚いて振り返る。


 そこに居たのは、やはり4日前に俺をこの席まで強制連行してくれたあの男である。

 やはり相変わらず、今日も眠そうな顔をしてる。


「あ、おはよー恭平」

「はよ」


 言いながら「ふわぁ」と大きな欠伸をした彼の名前は、織田 恭平(おだ きょうへい)。

 いつも言葉少なでボーッとしてる感じだが、こういうのが意外と女子ウケする。

 まぁコイツ、顔も良いしな。


 しかし、それにしても神崎よ。

 お願いたがら「アンタ『田中』って苗字だったの?!」っていう驚愕の顔は辞めてくれ。


 そして織田よ、俺は伊藤だ。

 田中ではない。


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