Parade

雨宮テウ

第1話 《深夜00:00のチューニング》

純白のフクロウが指揮をとる。


声を持たないレース編みが月の雫と羽ばたきを編みこんでいる。

そのレースを身にまとい舞う名無しの舞踏家を

2.5cm×2.0cmのマティエールに写生する光を失くした切手絵師へ、

迫りくる朝の光がささぬよう、夥しい時計のつるされた番傘を差す

歳をとらない独立時計師の時計の1つを見ながらマカロンとアールグレイをこしらえ続ける涙を忘れた天才パティシエ、の味は絶品残念マカロンを

ひそかに狙いつつも、名無しの舞踏家へ音楽で風を贈る3つ子の音楽家、

一行は地図にない街を、野原を、道をゆく。




そんなParadeが

私の目の前を

通り過ぎたような

通り過ぎてないような




その人が、もう何年もずっとlaceを編んでいる事を

名無しの舞踏家は知っていた。

静謐な夜の青に、少しの黄を溶く様に踊りながら、

その人のいる小窓を通り過ぎる。また長くなっていた美しいlace。

ただ眺めるだけ。そうただ眺めるだけ。

けれど 踊る体が前へ進もうとも、その一瞬は呼吸が止まる。

編み棒を操るあの繊細な指先を夢見て舞うと、時折、舞踏家の指先が熱くなった。

今はそれだけ。



「今夜の舞は、とても絵になるなぁ。」

光を失くした切手絵師が、

窓の外を通り過ぎる名無しの舞踏家宛に独り言をこぼしながら、

そのしなやかな舞姿を2.5cm×2.0cmのマティエールにデッサンしている。

「毎夜、そう言っていますよ。」

部屋の奥では夥しい数の懐中時計たちに埋もれつつ、

丁寧に竜頭を回している歳をとらない独立時計師が

そんなことを言いながら笑っていた。



その頃、涙を忘れた天才パティシエは途方に暮れていた。

生まれて初めて“マカロン”をしくじったのだ。

おまけにアールグレイもしくじった。

「はぁ…。」

心当たりはあった。最愛の人から贈られた時計を、遠い海原で失くしたのだ。

すべてのお菓子製作は その一秒一秒に支えられていたというのに。



“close”

2:40 パティシエのお店を訪れた三つ子の音楽家はそろいもそろって失神した。

3:00 「やめてくれよ、店の前で。食中毒だと思われるじゃないか。」

とっくに目を覚まし、誰かに声をかけられるのを死んだふりをしながら待っていたリズム担当の末っ子に、パティシエは言った。

「しかたないよ…ここのマカロンだけが生きる燃料なんだもの」

リズム担当末っ子の言い訳で

目を覚ましたアコーディオン弾きの真ん中の子が続ける。

「昨日の3時から何も食べていないんだもん。」

パティシエはしょんぼりしながら答えた。

「そんなこと言われてもマカロンを失敗したんだ…。

途方に暮れてしまってね…。」

とうとうヴァイオリン弾きの上の子は、目を覚まさなかった。




00:00 海の雫が滴る生まれたばかりの真珠のような月が

名無しの舞踏家の瞼に吐息を落とした。

声を持たないレース編みの言葉を乗せたその吐息に触れられ

目を覚ました舞踏家は レース編みのいる小窓へ走った。


「おや、めずらしい。踊らず走っているぞ。絵になるなぁ。」

切手絵師は画材道具を木箱に詰め込み始める。それを見て独立時計師は

大きな番傘に無数の時計をつるし始めた。

「お前が差してくれなくても、傘くらい自分で差してゆけるぞ」

やや不満げな切手絵師に独立時計師は答えた。

「傘を差したら、絵を描けない。」

そして続ける。

「それに写生に夢中で差すのを忘れるのがオチでしょう。」

なるほど、なるほど。たしかに、たしかに。

支度は楽しくリズム良く。


時を同じくして

味は確かだが触感の悪いマカロンで

意識を取り戻したヴァイオリン弾きの上の子が提案を始めた。

「この通りをまっすぐ、あくびが2つと出ないうちに時計店にたどり着く!」

真ん中の子が続いて付け足す。

「時計屋敷の店主さん、歳をとらないから怖がられてずいぶん前に越してきた!」

マカロンでいっぱいの口を隠しながらも、負けじと末の子が付け足した。

「世界で一つの自分だけの時計を作ってくれるんだよ!」

パティシエは渋めのアールグレイを一気に飲み干し立ち上がった。

「行くしかない!その胡散臭い時計屋に!!」

気合の入ったパティシエの声を聞き、

最後のマカロンを口にした上の子は思い出した。

「でも、なかなか作ってはくれないらしいよ。

噂では150年で一つ引き受けるとか受けないとか。」

間髪入れずにパティシエが突っ込む。

「その人一体いくつだよ!!!」

間髪入れずに3つ子は答える。

「「「だから、歳をとらないんだってば。」」」

ラリーは楽しくリズム良く。


“close”

パティシエは時計店の前で失神した。

慌てて3つ子の音楽家がパティシエを支えようとしたが、

寸でのところで楽器の安全を優先させた結果、

パティシエの上に3つ子。3つ子の上に楽器たち。

という豪華な三層パフェが出来上がった。

― カラカラカラ

「降りてあげないと、お菓子屋さんが他界してしまいますよ?」

物音に気付いた独立時計師は笑いながら楽器たちを丁寧に持ち上げる。

すると一番初めに顔をのぞかせた末の子が言った。

「ねぇ、時計師さん!パティシエに時計を作ってほしいの!」

続いて真ん中の子。

「時計がないとマカロン作れないの…」

弱々しく上の子が、

「マカロンがないと、音楽が止まっちゃうんだ…」

ようやく現れたパティシエは 口元からメレンゲを出していた。

マカロン一行の来店により少々、出発の遅れを気にしている切手絵師。

これ以上機嫌を損ねないよう時計師は番傘を持ち出発を強行することにした。

「今からお出掛けなんです。歩きながらお話を聞かせてもらっても良いですか?」

そう言った時計師は返事を待たず、切手絵師に月光が当たらぬよう懐中時計が沢山つるされた番傘をさす。時の鼓動の雨が降る。



 いつも小窓の額の中でレースを編むその人が、小さな庭に一脚の椅子を出す。

月の光を浴びながら一人静かに編んでいると

「呼んだでしょう??」

息を切らした舞踏家が声をかけた。

「呼んだでしょう?ちゃんと聴こえたよ。」

レース編みはゆっくり顔を上げると静かにうなずいた。

舞踏家は紙とペンを手渡した。レース編みが声を持たないことを知っていたのだ。

“osean”

「海に行きたいんだね?」

少しすまなそうにうなずくレース編みに舞踏家は言った。

「一緒に行こう。そうしたかったんだ。」

二人は生まれて初めて手をつないだ。



つづく


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