第3話《真珠の涙のパヴァーヌ》

バスケットをテーブルに見立て、お茶会が始まった。

どんよりとした面持ちのパティシエがお茶とマカロンをふるまった。

「ひどいアールグレイと、残念なマカロンですがどうぞ…」

「なんだこれ!!初めて食べたけど美味しい!!」

舞踏家の一言に、レース編みをはじめみんながコクコクとうなずいている。

それでもしょんぼり顔のパティシエを見て3つ子が口々に言った。

「いつものパティシエはこんなもんじゃないんだよ!」

「ふわって口に広がって、トロってなくなるんだよ!」

「最後に鼻から香りが抜けて眉間のあたりで漂うんだ!」

その説明を聞いて絵師がつぶやいた。

「美味しくて香りもいい。ふわっ、と、トロ、はこないがな。」

パティシエはひどいアールグレイにミルクを注ぎながら悲しい溜息をついた。お菓子作りがパティシエの愛しい愛しい人生の工程であったため

こころは再び途方に暮れかかっていた。


「パティシエがアールグレイにミルクを注いでるもん…」

「絶不調だよ…ミルクはディンブラ!!って言い張ってたのにね…」

「見てられないよ…ねぇ、時計師さん!!

パティシエに時計を作ってもらえませんか??」


一同の視線がお茶会の最中も絵師に傘をさしている時計師に集中する。

独立時計師は変わらずふんわりした表情のまま答えた。

「申し訳ないのですが…。パティシエさんの求める時計は

作ることが出来ません…。代わりはいないものなのです…」




フクロウが舞踏家の肩から宙に舞う。そろそろ行こうか。


「きれいな曲…」

今まで音楽のある世界で踊ったことのなかった舞踏家が

“パティシエ曰く残念なマカロン”で元気を取り戻した3つ子の音楽家に呟いた。

上のヴァイオリン弾きが言った。

「ねぇ、次は“真珠の涙のパヴァーヌ”にしよう!」

すると真ん中のアコーディオン弾きが

「うん!!そんな感じがするね!」

と、ご機嫌で風を送る。

「もっと踊って!もっと弾くから!」

楽しくなった下の子が、パヴァーヌのリズムを取り始めた。

 舞踏家は世界と音楽からもたらされる形を全身に憑依させ、

先ほどよりも長くなったレースをはためかせながら、

大きく深い一歩をつま先でやさしく撫でた。


《真珠の涙のパヴァーヌ》

ヴァイオリン弾きが歌った。

どこか知らない国の言葉だった。

けれどそれは、誰にも伝わる言葉だった。


【あなたが地上に降らせた一粒の真珠で

 私は何を想おう。

 こうも丁度よく、手のひらに降りたのは

 あなたがその場所を選び

 私もそれを望んだからだ

 小さな真珠を 私のしがない両の手のひらで

 守り、温めよう。

 やがて安らぎの羽化を迎え

 豊かな羽ばたきで群青を彩る

 そんなことを 想っているよ】


 ところで涙を忘れた天才パティシエは、

時計師の番傘に下がる一番見やすい時計を見ながら奮闘していた。

それというのも先刻のお茶会での話には続きがありまして…


「試しにこいつの持ってる時計たちを頼りに、

その、マカロンていうやつを作ってみたらわかるかもしれないぞ?」

時計をあきらめきれずにしょぼくれるパティシエと

マカロンをあきらめきれずしょぼくれる3つ子に絵師が提案したのだ。

そんなわけで、パレードが奇妙にも続いている。


明け方の真珠のパレード。

純白のフクロウが指揮をとる。

声を持たないレース編みが月の雫と羽ばたきを編みこんでいる。

そのレースを身にまとい舞う名無しの舞踏家を

2.5cm×2.0cmのマティエールに写生する光を失くした切手絵師へ、

迫りくる朝の光がささぬよう、夥しい時計のつるされた番傘を差す

歳をとらない独立時計師の時計の1つを見ながらマカロンとアールグレイをこしらえ続ける涙を忘れた天才パティシエ、の味は絶品残念マカロンをひそかに狙いつつも、名無しの舞踏家へ音楽で風を贈る3つ子の音楽家、

一行は地図にない街を、野原を、道をゆく。


 つづく

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