第2話《目隠しコンパス》

 海は三つある。名無しの舞踏家は地図を広げる。

「右へ行けば3日で着く。斜め左の海は1週間くらいだな。後ろの海は運が良くても数年かかるかな。右の海に行く?」

レース編みは首を振る。

「斜め左にする?」

もっと強く首を振る。

「まさか後ろの海?!」

舞踏家はか細いレース編みを見張って問うが、

レース編みは首がもげんばかりの振り様。

「遠くて嫌になっちゃった…?」

それでもいいよ、と言いかけたところで、レース編みは編み棒を膝に置き

肩に背負っていたトラヴェルソを吹き始めた。




すると大きなタクトに共鳴するかのように、

白い梟が音もなく風を切ってやってくる。


「まずい!!出発しちまうぞ!!」

盲目の切手絵師はレース編みのもとへ向かうフクロウを夜空に感じ走り出す。

時計だらけの重そうな番傘から絵師が出ないよう、時計師も走り出す。

重い傘と着物だというのに時計師は涼しげな顔をして、

時折楽しそうに笑んでいる。

「時計師さん、大丈夫??重くないの?」

末の子が時計師を心配そうに見上げる。

「ありがとう。けれどみなさんのほうが重そうで心配だな。」

3つ子は楽器を背に、

3人がかりでパティシエを地面すれすれの所で運んでいるのだった。



「案内してくれるのか…」

うなずくレース編みは編みかけの長いレースを薄着の舞踏家の肩に羽織らせた。

“踊って…??”

白いフクロウが、初めの空をひと泳ぎ。大きな翼で大気を漕いだ。

レース編みはそれに続き、ひとかぎ アミアミ。

舞踏家はレース編みへとつながる美しいレースをくゆらせながら

月光のもとで一舞い。

 前方へ伸びる舞踏家の長くしなやかな指の先で

夜の青が静かに煌めいた。


「なんて美しい光景だろう。」

息を切らして追いついた切手絵師が

手に小さなカンバスを持ち、始めの一描き。

その様子を見てほっとした時計師は、

傘を差しながら大事な時計たちの竜頭を巻き始めた。


「…地面…」

ようやくお目覚めのパティシエ。と同時に体力の限界に手を放す3つ子。

「痛いじゃないか!」

お怒りのパティシエが顔を上げると、疲労困憊、嫌な汗をかいている青い顔の三つ子たち。そして見知らぬ小路。ここはどこ?どこへ向かって歩いているの?この集団は何?

ヘロヘロの3つ子が疑問でいっぱいのパティシエを察し、解説を始めた。

「パティシエの時計を作ってもらおうと訪ねた時計屋さんで、

時計師さん出かけるところだった…」

「時計師さんは切手絵師さんに傘をさしてあげないといけなくて…」

「切手絵師さんは舞踏家さんを描いていて…」

一周回って上の子が言った。

「舞踏家さんはレース編みさんのお友達のフクロウの後を踊っているみたい。」

そうするとつまり…

「知らない者同士が、知らない場所を目指して、

知らない道を思い思いに楽しんでいるのね…??」

「「「正解!!!」」」

ドウモアリガトウ。

「あと、長旅になるかもしれないって思ったから、

一応パティシエのお店からこれ持ってきといたよ!」

えらいでしょ!!と言いたげなリズム担当末っ子が背負っていたのは

“ティーセット”の入った巨大バスケット。

それはつまり、このいつ終わるかもわからないパレードの最中パティシエが持ち運ばなくてはならないということで…

ドウモアリガトウ。

―パティシエは開き直って重いティーセットを受け取った。

“見知らぬ空の下のティータイム…素敵じゃないか。”

そして大事なことも思い出す。

「あ、時計。」



「少し休もう。」

疲れた顔を見せない強がりなレース編みを察し、

舞踏家はフクロウを肩にとまらせ、

小さな金木犀のそばにレース編みを座らせた。

そしてふと後ろを振り返り、びっくり。

「何?!この集団!!」

振り返られた集団もびっくり。

『え、今更?!』


《午前03:00のTea Party》が始まる。  


つづく

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