第4話《どしゃぶりオルケゾグラフィ》

空の影響でコバルト色をしていた野原を抜けたあたりで雨が降り出した。

その少し前から「雨のにおいがする」「空の色が変わる」

と言ったのは切手絵師と真ん中のアコーディオン弾きだ。

そこで目の良い舞踏家とフクロウがくまなく世界を見渡し、

大きな大きな虚を抱えた巨大な老木を、野原を抜け森の中の湖の先に見つけてきた。

「そこまで走ろう!」パティシエの声で一行は野をかけたのだが、

雨脚に追いつかれ、空には光が走った。

突然上の子が地面に座り込んで泣いてしまった。

「どうした?」

舞踏家とレース編みが上の子に駆け寄るとパティシエが答えた。

「ごめん、雷が怖いんだよな。みんな先に行っててくれ、

後から追いつくからさ。」

上の子の両脇で真ん中の子と末の子が慰めている。

すると「選手交代」、と時計師が上の子を抱き上げ番傘の中に入れた。

「一時休憩」、と絵師は画材道具をしまい、道具入れの木箱をいじり始める。

「組み立て式からくり大傘だ。」

絵師が組み上げた「柄」が2本の大傘を絵師とパティシエが掲げ

絵師の両脇に真ん中の子と末の子。パティシエの両脇にレース編みと舞踏家、

フクロウはレース編みの腕の中でレースに包まれ羽を休めた。

「少しくらい濡れたほうが、雨は楽しいもんだ。」

絵師は豪快に笑って言った。

「ごきげんですね」、と時計師。

後の皆さんはからくり大傘に驚愕。



からくり大傘隊は出来上がったばかりの水たまりを大はしゃぎで駆け抜けた。先頭の絵師が転びそうになりながらも自ら進んで水たまりの上をピョンピョン跳ねる。その周りを楽し気に真ん中の子と末の子がついて回る。

キャッキャキャッキャの3人の様子を見て心が躍ったレース編みは

舞踏家の腕をつつき、つま先を水たまりで遊ばせた。

“ステップを教えて…?”

「喜んで。」舞踏家が雨のステップをわかりやすく披露すると

レース編みだけでなく真ん中の子と末の子も見よう見まねで踊り始めた。

「みんなのステップが笑ってる!誰かと踊ったのは初めてだ!」

舞踏家のうれしそうな顔を見てレース編みがはにかんでいた。

真ん中の子と末の子はステップを覚えるとすぐに光を失くした切手絵師に

言葉で何度も説明を始めた。

「右のつま先を時計回りにくるっとして」「こうか?こうか?」

絵師が着実にステップを踏んでいく中、舞踏家とレース編みに手取り足取り教わっているパティシエの様子が…

真ん中の子がすまなそうに舞踏家に言った。

「あのね、わざとじゃないの…パティシエ、リズム音痴なんだ…」

「うん、わかってる。それにリズムは一人一人違うから、パティシエさんが間違っているわけじゃないんだよ。リズムじゃなくて、記憶力の…」

と舞踏家が言いかけてパティシエはすぐさま言葉を止めさせる。

「おだまりよ、君たち寄ってたかって!

これは“あえて”の動きだから!“あえて”のね。」

「「「あぁ!“あえて”ね!!」」」。

声をそろえてパティシエに贈呈されたフォロー。

ドウモアリガトウ…

なんだかんだからくり大傘隊は雨のステップを楽しんだ。

“踊れる”か“踊れない”かではなく“踊ろうか”のある雨だった。


一方、懐中時計番傘隊はというと…


泣きじゃくる上の子が絞り出すように時計師に話した。

“はずかしいよ…ごめんなさい…”

時計師はゆっくりと考えながら言葉をかけた。

「君たちが小さい時には、下の2人が雷を怖がっていたのだよね?

君はその2人の屋根になってずっと耐えながら、守ってきたのでしょう?

君のおかげで、2人は心に屋根が出来て、今は怖くなくなったんだよ。

だから恥ずかしくないと、私は思うよ。その恐怖心は誇らしいよ。」

“屋根は今からでも作れる…?”

そう心配する上の子に時計師はまたゆっくり考えながら答えた。

「いつか怖くなくなる日が来る。けれど、

きっとその時には君も知ると思うんだ。

“怖い”ことをなくす必要なんて、本当はないんだって。」

番傘の中で、雨粒のオルケゾグラフィと時計たちの鼓動とささやきが

共に響いて1つになる。

上の子は時計師のあたたかい声色と柔らかな息遣いに

少しずつ恐怖心を拭われていった。


「雨がお前の涙なら喜んで受けようじゃないか!」

絵師が空に叫ぶと真ん中の子と末の子が高らかに歌い始めた。

【そんなものは覚悟の上さ 何も恥じることはないのだから

 想いのすべてを降らせておくれ 溺れさせておくれ

 私のもとに降らせるのだ 私の事を溺れさせるのだよ】



― 虚の中の鉱石の記憶へ

つづく

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