第5話《フクロウの子守唄》

「「でかい…」」

舞踏家とパティシエはたどり着いた“虚を抱えた大木”を目の前に

思わず呟いた。

「…自分で見つけたのに気付かなかったの?このでかさに…」

と、パティシエ。

「え、遠近法ってすごいね…」

と返す舞踏家。

呆然とする二人をよそに一行はぞろぞろと虚の中に入っていった。


虚の中はひんやりとしていて

自分の足元も見えないくらい闇に包まれていた。

空洞となっている木の内部、虚の中はところどころ鉱石と化し、

時折雨の雫が落ちてくると、

“コーン”と鉄琴とも木琴とも違う澄んだ声で歌っていた。

時計師は眠っている上の子を抱いたまま、

ひまわりと金木犀の黄と橙で調合したマッチでランタンを灯した。

切手絵師と舞踏家は子どもたちの体や髪をふき、

パティシエとレース編みは暖かい飲み物を飲めるよう準備する。

すこし、暖をとろう。


「「すっかり寝ちゃったね」」

時計師の裾をぎゅっと握ったまま寝ている上の子の顔が、

苦痛でゆがんでいないことに、真ん中の子と下の子は安心し、

上の子の頭を撫でている。

「少し寝かせてあげよう、“怖い”はすごく疲れるからね。」

舞踏家はパティシエの注いだホットショコラを

真ん中の子と下の子に手渡しそう伝えた。


“いただきます”


「す、すごくおいしい…」

一口飲んだ切手絵師がびっくりしている。

「パティシエの作るものは

なんだって飛び跳ねたくなるくらいおいしいんだよ!!」

「うんと小さい時からずっと、

パティシエの作ったもので元気をもらっているんだから!」

2人の音楽家は褒められたパティシエより嬉しそうに自慢する。

「お前たちは偏食すぎる。もっといろんなものを食べたり飲んだりして大きくなってくれよ…」

パティシエは常日頃この3つ子の音楽家の食生活を心配している。

「心配ないよ!パティシエがいつも作ってくれるもの!」

「パティシエは、お野菜やお魚もなんだって料理してくれるんだよ!」

再びのパティシエ自慢に口元がほころぶみんなを見て、

言いたいことはそういうことじゃないけれど…

(まぁ、いいか…)

パティシエは料理の腕も上げねばと、暖かい溜息をつくのだった。


「それにしても、いい音色だね。」

うっとり聴き惚れているレース編みに瞳を閉じた舞踏家は言った。

ホットショコラを手に幸せそうにコクコクとうなずくレース編み。

(初めて聞く音)。(子守唄を歌ってる。)。

と手をつかって表現した。

「この鉱石たちが子守唄を??」

疑問に思い耳を澄ます舞踏家に切手絵師が言った。

「いや、子守唄を歌ったのはフクロウだ。

フクロウの子守唄を記憶した石たちがそれを歌っているんだろう。」


「フクロウさんはどうして子守唄を歌ったの?」

下の子が事情を知っていそうな切手絵師に訊いた。

「昔話があるんだよ。本当に虚の大木があるとは知らなかったけど、

この虚の大木は木自体が大昔はフクロウだったんだ。」


― 昔々、幸せの青い鳥がいました。

青い鳥の歌声は生きとし生けるものに幸福を授けることが出来ました。

皆、青い鳥の歌を聴くため連日はるばる遠くからも

青い鳥を訪ねてきました。

青い鳥は一生懸命歌いました。

歌って歌って、幸せになって帰る者たちを見送る毎日でした。

ある時青い鳥はどんなに歌い続けても

悲しい誰かがいなくならないことを悟りました。

悟ったけれど、青い鳥を訪れる悲しい誰かへ

歌うことをやめることは出来ませんでした。

-どうして、救えないのか。どうしてこんなに生きるものは悲しいのか。

どうして苦しみで満ちているのか。力になれない。力になれない-

そんな葛藤の中、いつしか青い鳥は眠ることも忘れ、朝も夜も歌います。

歌は叫びとなり、次第に青い鳥は弱っていきます。

-青い鳥よ、おねむりよ。もうずっと休んでいないじゃないか。

フクロウは駆け寄り話しかけますが

-まだこんなに悲しい誰かがいるんだ。歌わないと…

説得を続けるも、青い鳥は歌うことをやめることが出来ませんでした。

やがて青い鳥はピクリとも動けなくなりました。

青い鳥の周りには悲しい誰かがまだたくさんいました。

フクロウは言いました。

-休ませてあげてくれ。

この中に青い鳥を想ってきたものは1人でもいるかい?

1人でも青い鳥を幸せにしてくれと願ってきたものはいるかい?

そしてフクロウは青い鳥を自分のねぐらへ連れていき

大きな翼で温め続けました。

最後に目に映る光景は悲しい誰かの顔たちであってほしくなかったのです。

-眠れ鳥よ。

フクロウは声も出せない青い鳥に子守唄を歌いました。

青い鳥が冷たくなっても、ずっとずっと歌い続けました。




「あ…あれ見て…」

いつの間にか目を覚ましていた上の子が、晴れて一筋光の入ってきた先に

虚の枝に抱かれたような青く透き通った鉱石に気が付いた。

穏やかな青。


おやすみ、フクロウさんと青い鳥さん。


つづく

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