第9話《僕らのParede》

純白のフクロウが指揮をとる。

声を持たないレース編みが月の雫と羽ばたきを編みこんでいる。

そのレースを身にまとい舞う名無しの舞踏家を

2.5cm×2.0cmのマティエールに写生する光を失くした切手絵師へ、

迫りくる朝の光がささぬよう、夥しい時計のつるされた番傘を差す

歳をとらない独立時計師の時計の1つを見ながらマカロンとアールグレイをこしらえ続ける涙を忘れた天才パティシエ、の味は絶品残念マカロンをひそかに狙いつつも、名無しの舞踏家へ音楽で風を贈る3つ子の音楽家、

一行は地図にない街を、野原を、道をゆく。



道が開く

風が吹く

鳥が歌う

花が香る


海が目覚める

君と出逢う



フクロウはレース編みの肩にとまり、

タクトである翼をおろした。

一行は目の前に現れた小さな小さな入江の風景に見惚れた。

穏やかな波や

森と小さな浜辺の境界

そして宵や暁を移す美しい海


何より不思議なのは空と海が1つになっているかのような

オリゾンブルーの地平線。

でも、どこからが海でどこからが空かなんて

どうでもいいと

優しい海風に吹かれながら心を休めていた。


突然、目を輝かせたレース編みがすくっと立ち上がり、

編み続けていた長い長い美しいレースの端を

純白のフクロウに咥えさせ

海の方へと飛ばした。


入江から海に向かい一直線のレースの道が出来上がる。

海面をゆらゆらと揺れるレースに、

レース編みは

涙を忘れた天才パティシエを呼び、

このレースの道を進むように言うのだった。


『沈んじゃうよ!せっかく編んだレースもダメにしてしまうかもしれない。』


そうたじろぐパティシエに

良いからおねがい、どうかレースを歩いて…!

と、一生懸命説得するレース編み。


『信じて、パティシエさん。大丈夫だよ!』

『溺れたら助けたげる!』

『怖くないよ!』

『勇気を出して!』

『みんながついてるぞ』

『ここで見ていますから』


みんなの声にも後押しされ

不安ではあったがパティシエは一歩を踏み出した


ふわり。

レースは沈まずに、ふわりふわりとパティシエを導いた。

一歩一歩慎重に繊細なレースの海面を行く。

パティシエの脳裏には

このレースの途切れる先に何があるのかがよぎっていた。

(まさか、そこにいるのか…?)

(けれど、君は…)

不安や複雑に入り組んだ感情が砂嵐のようにパティシエの心を包んでいる。


そして、レースの先にたどり着いた。


『落としていたわよ、これを。』

そこには美しい人魚が1人、

パティシエの無くした懐中時計を手で温めるように守っていた。


『あの夜、私が陸を去るとあなたに告げた日にここから遠いあの海岸で、

落としていったわよ?あいかわらず、うっかりさんね。』


美しい人魚は彼女の体温の移った時計をパティシエに手渡した。


涙を忘れた天才パティシエは、

その時計を震える手で受け取ると同時に涙をこぼした。


『なにをしてもだめだった。この時計がないと、君がくれたこの時計がないと、何も作れなかった。』


『そんなことだろうと思ったわ。だから耳のいいレース編みさんに、

ここで待っているとあなたに伝えてと、海から歌っていたのよ。』


ここはどこなのか。

ここは、地図にはない小さな入江。

全ての世界が交差する静かな場所。


『私はもうしばらく陸と続いている浜辺にすら近づけないから、

この特別な入江を案内してもらったの。

ここは、陸も海も空も宇宙も繋いでくれる唯一の場所なのよ?』


『もう、会えないのだと思っていたんだ。

そんな口ぶりで君は海に消えてしまったから…』


パティシエが時計を落とした海辺で、

人魚は人間の姿をしたままこう告げたのです。


『私ね、魔女の血が流れているの。その血が言うのよ。

陸で人の心を知り、次は海で命を学べと。

私、もう、行かなくてはいけないみたいなの。』

そう言ってパシャリと人魚の姿に変わり海へ泳いでいく。

『魔女だと言うことは知ってるさ!でもなぜ急に?戻ってくるんだろ?!』

『海を学んだら、空を学ぶのよ。

空を知ったら宇宙へ行くのかもしれないわ。』

『もう、もどってこないのか?!』

いつか立派な魔女の年輪を重ねたら、戻ってくるわ。私は約束する。


そう、“誰に聞いた”ではなく、彼女に流れる魔女の血が

海を学ぶ時が来たと、あの日突然知らせ彼女は海へ消えたのです。


『けれどね、波がこの時計を私の元へ運んできたの。

すっかり凍えて、かろうじて進もうとする秒針を見て、

あなたのことがとても心配だったのよ?本当よ?』

そして、

いつも突然でごめんなさい。あなたを愛するのが下手でもっとごめんなさい。

そう伝えながらパティシエの涙を拭った。

『ずっと待っている覚悟だってある。

君がくれた約束だってしっかり持ってる。

でも、やっぱり、どうしてもさみしかったんだ…』


私をレースに引き上げて?と頼まれ、

パティシエが人魚を抱き上げると、

人の姿になり、

浜辺まで戻ろうと彼女はレースの上でパティシエの手を引いた。


浜辺で待つ一行。

『はじめまして。魔女を修行している見習い人魚です。』


『レース編みさん、私の歌を聴いてくれてありがとう。

フクロウさん、ここまで指揮をとってくれてありがとう。』

見習い人魚とレース編みは

歌から離れて初めて出会えたことに感激しながら抱きしめあった。


『皆さんも、パティシエのこと、

なんだかんだ見守りここまで来てくださったこと、ありがとうございます。』


『パティシエの大事な人!』

『会えたね!わー!きれい!!』

『みて!パティシエがやっと泣いてる!』

3つ子は心の中で絡まっていた糸が解けていくパティシエを見て

口々に喜んでいる。

『まあ!あなた、こんなに可愛い子たちに愛されていたのね。』

陸にいる頃、パティシエの仕事場であるお店には

顔を出さないことにしていた人魚は、

初めて会う3つ子のパティシエへの愛をひたすら嬉しく思った。


『時計師さん…、』

パティシエは手の中の今にも止まりそうな時計を時計師に手渡す。

時計師は手のひらで時計を包み込んで耳を当て目を瞑ってから静かに言った。

『小さく鼓動している。大丈夫です。確かに受け取りました。

元気にしてパティシエさんのところへ還れますよ。』


『ねぇ、せっかくだから、ここでお茶会をしようよ!』

『そりゃいいな!名案だ!』

『『『賛成賛成!!!』』』

舞踏家、切手絵師、3つ子は夜のお茶会の準備を始める。


『最高のアールグレイとマカロンを出すよ』

パティシエは涙を拭ってみんなを見た。

みんなは

(パティシエはいつだって最高だよ)と、

言いかけたけれど、

『あなた、残念なお紅茶とマカロンでも振る舞ってたの?

まったく、しようのない人ね。』

『今日は今までで1番最高のスイーツができるってだけ!』

と強がるパティシエに更に

『あなたは最高のパティシエなんだから、

毎日史上最高のスイーツをみんなに作るのよ?これからずっと。約束よ?』

なんて会話をしている2人の声に心をくすぐられ

全員柄にもなく空気を読んで暖かく見守っていた。



夜のお茶会が始まる。


香り高くそして甘味を錯覚させるような青い花びらの入ったお紅茶と、

一瞬サクッ、次にフワリ、更にトロリ、

最後は鼻から眉間にかけてスッと香りの抜ける絶品マカロン。


(会いたくなったら私が笛で人魚さんに伝えます)と、レース編み。

『私も必ず歌で返事をするわ』と人魚。

『そしたら、レース編みさんの友達のふくろうさんに

また指揮をとってもらって、』と、舞踏家。

(私はフクロウさんの後ろをレースを編みながら)とレース編み。

『その後ろをレースをはためかせながら踊り』と舞踏家。

『その姿を描きつつ』と切手絵師。

『夢中になりすぎて傘を差し忘れる誰かさんへ傘をさしつつ

パティシエさんの時計の調子をみようかな。』と時計師。

『『『パティシエのマカロンを燃料に音楽を送る!』』』と3つ子。



今までどの海だって1人で行けた僕らは

一緒にいて初めて行けるこの海を知った。


僕らのパレードはこの入江のお茶会のはじまり



魔女の歌、横笛と言葉を交わす。

純白のフクロウが指揮をとる。

声を持たないレース編みが羽ばたきとParadeの鼓動を編みこんでいる。

そのレースを身にまとい舞う名の意味を知る舞踏家を

2.5cm×2.0cmのマティエールに写生する光を選べる切手絵師へ、

迫りくる光がささぬよう、夥しい時計のつるされた番傘を差す

ゆっくりと歳をとる独立時計師の時計の1つを見ながら

最高のマカロンとアールグレイをこしらえ続ける

涙を取り戻した天才パティシエ、の

絶品マカロンをひそかに狙いつつも、

舞踏家へ音楽で風を贈る3つ子の音楽家、

一行は地図にない街を、野原を、道をゆく。





そんなParedeが私の目の前を通り過ぎたような

通り過ぎていないような…




【Paledeおわり】

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Parade 雨宮テウ @teurain

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