一方通行のラブレター(自主企画『月に届ける物語』投稿作品)

 放課後、校門で先輩に会った。数週間前に先輩が部活を引退して以来だった。


「先輩、こんな時間までなにしてたんですか?」


 内心の嬉しさを隠しながら、自然な声で呼びかける。先輩は以前と変わらず、感情がよくわからない無表情だった。はじめて会った時は、正直この先輩が苦手だった。口数も少ないし、開いたかと思えばめちゃくちゃ口悪いし。いつも仏頂面で、ふと見ると眉間にシワが寄ってて。

 でも、言葉は悪くても先輩の言うことはいつも正しかった。顔は怖くても、声は優しかった。部活が終わってメガネをかければ、たまに柔らかい表情も見せてくれた。


 先輩はメガネ越しにわたしを見ると、小さくため息をついた。


「なんだ、おまえか」

「えー、誰だったらよかったんです?」

「おまえ以外の誰か」

「ひどっ」


 わたしがわざと傷ついたような声をあげると、先輩は面倒くさそうな顔をした。


「おまえこそなにやってんだよ。まだ最終下校時間じゃないだろ」

「今日はミーティングで終わりです」

「ミーティングって言えばなんでも通用すると思うなよ。サボり魔が」


 やっぱりバレてしまった。心の中でちろりと舌を出し、わたしは先輩の隣に立った。


「わたしのことはいいんです! それより先輩ですよ。部活ももうないのに、なにやってたんですか?」

「関係ない」

「やだ! 気になります」

「子どもかよ」


 先輩は呆れているけど、かまわない。だって数週間ぶりに会えたんだから。


「教えてくんないと、自宅の最寄り駅までくっついていきますよ」

「人待ってんだよ」


 ストーカー寸前の脅しを口にすれば、先輩はすぐさま答えた。なんか悔しい。


「お友だちですか?」

「いや、知らない人」


 先輩はそう言って、ポケットから封筒を取り出した。薄い黄色で、四つ葉のクローバーのシールが貼ってある。


「今日この時間にここで待っていてほしいって書いてあったから」

「ラブレターじゃないですか」

「わかんねえよ。それしか書いてなかったし。実はゴリゴリの男子が、ケンカ売りに来るのかもしんないぜ」

「まさかぁ」


 わたしは思わず笑ったけど、先輩はいつも通りひょうひょうとしている。本当にそう思ってるのかなぁ。


「でも先輩、もし本当に告白だったら?」


 先輩ならどうしますか?


「どうって?」

「だから、オーケーするのかってことですよ」

「ああ、しないよ」


 先輩はあっさりと答えた。


「俺、好きな子いるから」


 あまりにもさらりと言われたから、その言葉の意味が入ってくるまで時間を要した。そうか。先輩って好きな人いたんだ。誰だろう。わたしの知ってる人かな?


「じゃあ、その人来なくてよかったですね」


 もし来ていたら、きっと今頃泣いていたから。現に今、わたしは泣きそうだ。


「バーカ」


 先輩がなぜか悪態をついた。


「堂々と来ておいて、なに言ってんだよ」


 先輩の手が、わたしの頭をグシャグシャに撫でる。わたしは小さく声をあげた。


「な、なにを……」

「おまえ気づかれないと思ってたの?」


 ひらひらと封筒を振りながら、先輩はくくっと笑った。


「毎日おまえが書いてる日誌を読んでた俺が、おまえの字が見抜けないわけないじゃん。癖ぐらいわかってるっつの」


 誤算だった。差出人不明のまま、反応を伺うだけのつもりだったのに。頬がカッと熱くなるのを感じた。対して先輩は涼しい顔で、余計に羞恥心が煽られる。


「知ってたなら、最初から言ってください……」

「そっちだって言わなかったじゃん。お互い様」


 先輩は悪びれる様子もなく、口元に薄く笑みを浮かべたままだった。頬はまだ熱を持っている。きっとりんごのように真っ赤だろう。


「知っててわたしをフッたんですか?」

「ん?」

「気づいててさっきああ言ったんですよね? 告白にオーケーしないって」


 好きな人が、いるから。

 先輩が目を丸くした。今まであんまり見たことがない表情なのに、それを喜ぶ余裕もない。


「俺、フッた記憶ないけど」

「だって、告白だったらオーケーするつもりはないって」

「ああ、それか」


 先輩は合点がいったようにうなずいた。


「おまえがあんまりにもすっとぼけるから、そのお返し」

「意地悪!」

「先に仕掛けたのはそっちだろ。ていうか」


 先輩の手が、コツンとわたしのひたいを小突いた。


「俺、どっちかって言うと、告白されるよりもする派なんだよ」

「……はい?」

「だから、まあ。これから受験もあるし、すぐってわけにもいかないけど」


 いつの間にか、先輩が持っていたはずの封筒が、わたしの手に戻っていた。封筒越しにわたしの手に触れて、先輩は今まで見た中で、一番真面目な顔をしていた。


「受験が終わったら、次は俺が手紙書くから」


 一方通行だったはずのラブレター。半年後にはきっと、向こう側から想いが届く。

 わたしは思わず笑ってしまった。


「ちゃんと差出人の名前、書いといてくださいね」

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