キタミチタドルナ

 おや、この山奥でお客人に会うとは珍しい。お客人、どちらへおいでですか?

 ははあ、道に迷った上、乗っていたバイクが故障した。それはお気の毒に。良ければ私の家へいらっしゃいますか? この山を越えた先にある村です。そこで食事して、一晩ゆっくりお休みなさい。明日の朝、村の若いのに手伝わせて、バイクの修理をすればいい。村には電話もあるし、いざとなれば業者も呼べます。

 申し訳ないだなんて! 困った時はお互い様というではありませんか。それにここは、こんな深い山奥だ。村人以外はほとんど見かけない。お客人が来たと知ったら、他のみんなも喜ぶことでしょう。

 さあ、そうと決まれば急ぎましょう。もうだいぶ暗くなった。


 そうそう、お客人、この山を無事に抜けるために、忘れちゃならんことがあるのですよ。私どもも子どもの頃からいわれとったことです。

『きたみちたどるな』です、いいですか? ここではきた道を辿って戻っちゃいかんのです。なぜかって、そりゃお客人、周りの景色をごらんなさい。どこを見ても同じ景色しかない。道もあってないようなものだ。自分がもと歩いていた道だって、本当にその道だったかわかりません。こんなところを闇雲に歩いてたら、遭難するに決まってますよ。

 私どもですか? そりゃ私どもは、迷うことはありません。子どもの頃から遊びまわってた場所です。庭みたいなものですよ。……いや、もちろんたまに迷いそうになることもあります。でもそういう時は、こうすりゃいい。星を探すんですよ。ほら、あのピカピカ光っとる、目立つ星。なんと申しましたかな、ええと……そう、北極星です。あれを目印にすりゃ、村まで辿り着くのは可能です。子どもの時はみんなで北極星を指差しながら、歌をうたって帰ったもんです、いや懐かしい……。


 お客人、身体は大丈夫ですか? 村まではあともう少しです。着いたら楽になりますよ。うちのおふくろが、きっと美味いもんを作ってくれますよ。おふくろの作る飯は美味くてね、私は特に芋の煮っころがしが好物なんです。お客人みたいな都会の人の口にも合うといいんですが。

 ますます暗くなってきた? ええ、この暗闇が、村まで近いことの証拠ですよ。さあ、もうすぐでゆっくり休めますよ。


 着きましたよ、お客人。ここが私どもの村です。どうです? ちょっと殺風景ですが、なかなかいいところでしょう。あなたもすぐに気に入りますよ。

 え? なにをいうんですか、正真正銘ここは村ですよ。お客人、すべてを自分の物差しだけで考えるのはやめた方がいい。

 騙したなんて、人聞きの悪い! お客人、私は最初にちゃあんと、お伝えしたはずですよ。



 きた道辿るな……ってね。





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