約束の味

 古いメールのデータを処理していた時、そのうちの一通に目を引かれた。


『これが終わったら、焼肉でも寿司でも好きなものを好きなだけ奢ってやる。だから今は頑張れ』


 懐かしい。数年前、友人から送られてきたメールだ。上手くいかない就職活動にうんざりして、自棄やけになったメールを送ったその返事だったはず。なにを書いたかは、正直よく覚えていない。ただ、自分より一足早く社会人になっていた友人に対し、結構無神経なことを言った気がする。

 そんな私を怒るわけでもなく、むしろ冗談めかして励ましてくるあたり、友人は確かに大人だった。このメールを読んだ後、当たり散らした自分が情けなく、しばらくは返事ができなかった。


 ようやく返事ができたのは、それから数ヶ月後。嬉しさのあまりそれまでの気まずさも忘れていた。


『これが終わったら、焼肉でも寿司でも好きなものを好きなだけ奢ってやる。←覚えてる!? 約束を果たしてもらおうか』


 私の可愛げのないメールに、友人から返信はなかった。代わりにメールの数分後、電話が来た。友人は私の内定が決まったことを、自分のことのように喜んでくれた。


『おめでとう、本当におめでとう』


 繰り返し言う友人の声はいつの間にか涙混じりで、私の方がオロオロした。


 約束はきっちり果たしてもらった。電話からわずか一週間後、友人は私に焼肉を奢ってくれた。二人でジョッキを打ち鳴らし、メニューにあった肉を片っ端から注文。最初は上機嫌に笑っていた友人も、終わる頃には笑顔が引きつっていた。それでも、半分払うと言った私に「約束だから二言はない」と告げ、友人は本当に全部支払ってくれた。

 あの時の焼肉の味を、私は生涯忘れない。友人を友人と呼べなくなった今も。


 今までキッチンで皿洗いをしてくれていた旦那が、こちらへ戻ってきた。それから、スマホを見てにやける私に怪訝そうな顔を向けた。


「にやにやしちゃって、なに見てんの?」


 付き合う前にあなたがくれた、思い出のメールよ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る