お疲れの夜はマグスープで

 毎年のことながら、年度末の忙しさに心が折れそうになる。連日の残業、まとまらない引き継ぎ、のしかかるプレッシャー。そしてなぜか知らん顔の上司。ああ、ストレスが溜まる(特に最後)……!


 結局今日も、帰宅したのは日付が変わる少し前。

「ただいまぁ」とドアを開けると、明るい声で「おかえり」が返ってきた。


「今日も遅かったね。連絡くれれば迎えにいったのに」

「寝てるかと思って。もしかして待ってた? ごめんごめん」


 バッグをおろして、ひとまずソファにぐったり身体を預ける。スカートが皺になるかもしれないけど、部屋にいって着替えるまでの気力がない。同居人がそんなわたしに優しく声をかけてくる。


「今日も一日お疲れ様」

「ん、ありがと」

「なにか食べる? 簡単なものだったら作るよ」

「でもなぁ……」


 時刻はもう真夜中。今から夕食(夜食?)を食べるのは、年頃の女性としては非常にマズい気がする。

 同居人の彼はニコニコ笑いながら、「大丈夫だよ」と告げた。


「着替えておいで。戻ってくるまでには用意しとくから」


 促されるがまま、わたしは部屋にいってルームウェアに着替えた。ボロボロだったメイクもついでに落とす。コンタクトレンズをメガネに替えて、ダイニングに戻る。するとキッチンの方から、いい香りがしてきた。


「本当にできたの? すごいいい匂い」

「俺がウソついたことある? ほら、座って座って」


 おどけたように言いながら、テーブルのイスを引いてくれた。


「なんだか至れり尽くせりだね」

「どうぞ、お嬢さま。ご着席くださいませ」

「苦しゅうない」

「それじゃあ殿様じゃん」


 二人で笑いながら、ようやく着席した。

 いい香りの正体は、マグカップに入ったスープだった。色が白いところを見ると、豆乳かな?


「美味しそう」

「自信作。冷めないうちに飲んで」

「はーい」


 まずスプーンでマグカップをゆっくりかき混ぜる。とろっとしたスープの中には、しめじとほうれん草、ベーコンが少しずつ入っていた。最初はスープから。スプーンにすくってふぅっと息を吹き込み、そっと口に運んだ。


「あつっ……」


 舌に感じたわずかな痛みに、思わず声が出る。だけど味はちゃんと伝わってきた。


「美味しい!」


 ブイヨンの旨味がしっかり出ていて全体にコクがある。それでいてあっさりしたスープは、まさに女性の味方だろう。見た目はとろんとしているけど、豆乳だからヘルシーだ。スープの中に具がちゃんと入っているのも嬉しい。

 わたしはスプーンを運ぶ手は止めずにたずねた。


「もしかして、これずっと準備してたの?」

「いや、違うよ。簡単にできる方法があるって、前にテレビでやってたからさ。マグカップに材料入れて、レンジでチンするだけ」


 彼も自分で作ったスープを飲んで、満足そうにニッとした。


「確かにうまっ。俺天才かも」

「自分で言っちゃうのか」


 マグカップはすぐに空になった。スープだけど満腹感があって、それでいて「食べちゃったなぁ」という罪悪感もない。

 わたしは手を合わせた。


「ごちそうさま!」

「はい、お粗末さま」


 わたしより先に飲み終えていた彼が早々にカップを片付けようとする。さすがに後片付けくらいはやろうと立ち上がったけど、彼に制された。


「俺がやっとくから、シャワー浴びといで。明日は休みなんだからゆっくり寝よう」


 それから幼子をあやすように、優しくポンと頭を撫でてくれた。


「頑張ってる光莉ひかりが好きだけど、あんまり無理はしないでよ? 逆の立場だったら、絶対そう言うだろ」


 そう言われてしまうと、こちらも「はい」としか言えない。わたしは彼に甘えることにし、お風呂に向かった。


 いつの間にか、疲れもすっかり癒やされてしまった。美味しいご飯、温かいお風呂、そしてどんな時も明るく出迎えてくれる彼。

 彼は頑張ってるわたしが好きだと言う。でもわたしが頑張れるのは、いつだって「おかえり」と「お疲れ様」を言ってくれる、彼の存在があってこそ。


「明日は美味しいもの作ってあげよう」


 さて、なにがいいかしら。




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