うさぎさんの宝石箱(短編まとめ)
うさぎのしっぽ
朝顔が咲いた夜
二年ぶりに彼と花火大会にいった。花火が上がるまで時間があるからと、二人で出店をまわる。
肩まで伸びた明るく染めた髪に、全体的に派手な服。額に夜には意味がないサングラスをかけて、耳にはピアスがさがっている。友人たちから「ちょっとチャラい」と言われる彼は、ちょっとどころかかなりチャラい。
「ねー、見てよこれ。さっき出店のおねーさんに浴衣美人だねって言ったらもらっちった」
リンゴ飴片手にドヤ顔を披露してくる彼に、わたしは冷めた目線を送る。
「わたしの分は?」
「そっちかよ!」
あとでかき氷おごってやるから、と言いながら、彼はわたしが見ていたものをのぞき込む。
「へえ、かざぐるまだ。懐かしい」
「でしょ? これ、かんざし代わりにつけたら可愛いなって思って」
わたしは手前にあった少し小さめのかざぐるまを手に取った。黒と赤の生地に金色の花の模様があり、子どものおもちゃなのに少し大人っぽく見える。
かざぐるまの代金を支払って、さっそく髪をハーフアップにした。風が吹くと、カラカラとわずかに音が聞こえる。着ている浴衣も相まって、夏らしさを全身で感じている気分だ。
約束したかき氷をおごってもらい、ようやく見つけたあいているベンチで並んで食べた。わたしはイチゴで、彼はブルーハワイ。半分ほど食べたところで、彼がベッと舌を出してきた。もちろん真っ青になっている。わたしが思わず吹き出すと、彼はいたずらが成功した子どものように笑った。
かき氷を食べて少し休憩してから、また並んで歩き出す。途中、彼がまた出店でバイト中の知らない女性に声をかけていたので、今度は耳を引っ張ってお仕置きしてやった。痛いって言いながらちょっと嬉しそうな顔にむっとする。
途中またいくつかの店を見て回りながら、少しずつ広場の方へ向かう。花火を見ながら食べようと、焼きそばとたこ焼きをそれぞれひとつずつ買っておいた。
袋をひとつずつ持ちながら、あとは飲み物でも買おうかという話になる。お酒は一本だけね、そう言いかけて、わたしはふと目に入った店が気になった。
その店には和風の小物やアクセサリーが売られていた。ハンカチ、巾着、手鏡、練り香水、折り鶴のピアス、扇子のイヤリング、それにかんざし。とりわけ惹かれたのは、透明なとんぼ玉の中に鮮やかな青紫の朝顔が夏らしいかんざしだった。思わず一瞬足を止めて見惚れかけたけど、すぐに頭を振って彼のあとを追いかけた。ついさっき、かんざし代わりのかざぐるまを買ったばかりなのに。いくらなんでも、欲張りが過ぎる。
彼は少しいった先で、すでに飲み物を買っていた。自分はビール、わたしには缶チューハイ。一本受け取ったところで、わたしは気づいた。
「あれ? 袋は?」
彼がさっきまで持っていた袋がない。彼は「あれ?」と声に出し、自らのまわりをきょろきょろと見回した。
「そういや俺どこに置いたっけ? え、おまえに預けてたり」
「してたら聞いてないよ」
「……そっすね」
わたしが持っていたのは、たこ焼きが入っていた方の袋だけ。焼きそばの袋は彼が持っているはずだった。
「えー、どうしよ、マジで記憶ない」
「どっかに置いてきちゃったの?」
「あー。さっきスマホ見るのに一回おろしたからその時かも。ちょっと探してくるわ」
手を合わせてへらっと笑いながら、彼は急いで人混みを縫っていく。引き留める暇もなかった。
直後、ひゅうっと音が聞こえた。ハッとして空を見ると、一発目の花火がその花を咲かせたところだった。周囲がワッと盛り上がり、わたしも思わず口に出して「きれい」とつぶやいた。
本当は食べ物のことなんてどうでもいいから、二人で並んで見たかったな。近くにあったポールに寄りかかるようにして立ちながら、一人寂しく空を見上げる。二年間我慢して、ようやく今年は見に来られたのに。
周囲がカップルや友だち、家族と連れ立って眺めている中、わたしは開けていないたこ焼きとお酒の缶を手に一人ぼっち。せっかく新調した浴衣も、褒めてくれる人がいないんじゃ意味がない。
なんだか無性に腹が立ってきた。手にあった缶チューハイのタブを開け、中の液体を一気に煽る。ついでに、彼が置いていったビールにも手を伸ばし、そっちも飲み干してやった。あまり得意ではないビールの味にむせそうになったけど、戻ってきた時の彼のショックを受けた顔を想像すれば耐えられる。
久々のアルコールにちょっとボーっとなっていると、彼が戻ってきた。目的のものは見つかったようで、片手にしっかり袋をぶらさげていた。
「ごめん、お待たせ──って、俺のビール!?」
「あはは」
「あははじゃねえよ。さてはおまえ酔ってんだろ。あーぁ、二本とも飲んじまってやがんの」
半ば呆れたようにわたしがカラにした缶をつまみ上げ、彼はため息をつく。
「一人にして悪かったけど、やけ酒はやめろよな」
「ん」
「手を出すな、もう一本じゃねえわ」
チューハイに向かって伸ばした手を軽くぺちんとはたかれる。
「俺のビール飲んだ罰。これもーらい」
言うが早いか、彼の手がさっとわたしの頭のうしろに回った。次の瞬間、ハーフアップにしていた髪がはらりと落ちてきた。酔いでまだボーっとしていた頭が幾分かはっきりする。
「ちょっと!」
「お、これ意外にいいな。俺にも似合う?」
わたしから奪ったかざぐるまで同じように髪をハーフアップにしてみせる彼。悔しいことに似合っていた。わたしはブスッとしてそっぽを向く。彼はケタケタ笑いながら、おろされたわたしの髪を一房手に取る。
「心配しなくてもすぐに直してあげるって。ほら、うしろ向いて」
わたしはジトっと彼を見てから、ゆっくり背を向けた。手先が器用な彼は、わたしがやったよりも手早く髪を束ねていく。二分と経たないうちに「でーきた」と声がかかり、直後にパシャリと音がした。驚いて振り返ると、彼が自分のスマホをかまえていた。
「似合ってんじゃん」
そう得意げな顔で撮った写真を見せてくるから、どれどれとのぞき込む。アップスタイルに直された髪は、思ったよりもきちんと丁寧にまとまっている。そして、まとめた髪を留めているのは──
「それで合ってた?」
再びのドヤ顔で、彼がたずねてくる。わたしはびっくりしつつ、写真を凝視した。それからゆっくりと自分の髪に手を伸ばす。そこにあったのはもともと持っていた髪留めでも、かざぐるまでもない。あの出店でわたしがひそかに心惹かれた、あの朝顔のかんざしだった。
「な、なんで……」
「あっ、ちょうどフィナーレ。もうここで見ちゃおう」
わたしの言葉を遮って、彼は自分もポールに寄りかかって空を見上げた。その横顔がどこまでもしてやったりと語っていて、嬉しさと悔しさがこみあげてくる。
次々に打ち上がる花火を見ながら、わたしは思わずつぶやいた。
「浴衣についてはなんも言ってくれないくせに」
「なに?」
「なんでもない」
花火の音で互いの声が打ち消される。その後は二人とも、黙って空を眺めていた。
最後の一番大きな花火が消えた。華やかな色がまだ夜空に残っているように見えた。彼はポールから離れて伸びをした。
「終わったみたいだし、帰ろっか」
「うん」
当たり前に差し出された手を握りながら、来た道を辿って戻りはじめる。その時、彼が思い出したように言った。
「俺、いつもきれいだって思ってるやつに対して、わざわざきれいなんて言わないからな」
友人たちから「ちょっとチャラい」と言われる彼は、ちょっとどころかかなりチャラい。
けどね。
「まわりがおまえの魅力に気づいたら困るじゃん?」
いつも必要な時に、欲しい言葉をわたしにくれる。
言葉を失うわたしの代わりに、かざぐるまがカランと音を立てた。
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