単身赴任中の夫に宛てた手紙(自主企画『月に届ける物語』投稿作品)

 あなた、お元気ですか?

 あなたが単身赴任にいかれてから、早三年。コロナ禍で会えなくなってから、もう一年が過ぎました。最初の頃はパパに会いたいと泣いていた子どもたちも、今では週に一度のテレビ電話で我慢できるようになりました。日本中が新しい生活様式に慣れはじめ、徐々に明るい方へ向かっていこうと模索していますね。

 私たち親子は、もともと父親がいない暮らしを二年経験していました。それでも、あの頃は週末になればあなたは帰ってこられたし、私たちがあなたの方へ赴くこともできました。完全に会えなくなってはじめて、お互いの必要性がわかったような気がします。


 そういえば、あなたに伝えたいことがありました。長男がつい最近、校内テストで三位になったんですよ。あの子は真面目で頑張り屋だから、コツコツ勉強してきたのが実を結んだのね。本人は「できれば一位を取りたかった」なんてしょげていたけど、それはきっとこれからの努力次第ですね。この前の電話であなたにも伝えたかったようだけど、あなたはどうやら忙しかったみたいで、そこまで話す余裕がなかったんですね。「パパは疲れてるから、また今度でいいよ」と言っていました。だから先にわたしが教えてしまったことは、あの子には秘密にしてくださいね。相手のことを気遣ってやることができる、いい子に育ちました。

 次男の方は、少年野球でついにレギュラー入りを果たしました。毎日遅くまでバットを振って、道具も念入りに手入れして。筋トレや縄跳び、ランニング等も欠かさず続けてきた、あの子の粘り強さと根性には、親のわたしも頭が下がるような思いです。お祝いに新しいグローブを買ってあげようと思いましたが、本人から断られてしまいました。今のグローブの方が手に馴染んでいるし、その分貯金にでも回してくれ、ですって。ほら、あなたがあまりにも帰ってこられないから、きっと甲斐性なしだって思われているんだわ。

 長女は相変わらずおしゃれに夢中です。最近は古着屋さんにいってはもう着なくなった服を売って、そのお金で別の古着を買ったりするなど、自分で工夫をしているようです。今はプチプラ、と言うんでしょうか。安く手に入る服やコスメも多くなり、日々大人っぽくなっていく娘に寂しくなります。「ママも一緒に着てみようよ」なんて言われましたが、もう腕や脚をさらせるような年齢ではありません。おばさんは身の程をわきまえなくては。きっとあなたもこの子の姿を見たら、驚きますよ。女の子の成長は早いものです。今から嫁に出す心構え、きちんと作っておいてくださいね。


 ここ数ヶ月はテレビ電話どころか、普通の電話やメールも少なくなった気がします。子どもたちも「パパは元気だろうか」と最初は心配していましたが、「パパはお仕事で忙しくて、きっとすぐに寝てしまうのよ」と言えば、納得してくれました。父親がいない生活に慣れすぎてしまったんでしょう。

 わたしも在宅での仕事に慣れ、少しずつですが収入が安定してきました。以前より子どもたちが家にいる時間も増え、なかなか外出もままならなくなった今、この仕事は本当にありがたいです。あなたも最初は「在宅なんてろくに稼げないに決まってる」なんてバカにしてたけど、わたしの収入明細を見たら腰を抜かすでしょうね。このご時世ですからね、在宅もバカにはできませんよ。

 あなたは営業マンとして、自分の足で取ってくる仕事が自慢でしたね。もちろんそれはそれで素晴らしいことだし、世の中営業の方がいなければ、まわっていくことはできないでしょう。それでも、時代は変わっていくものです。以前まで当たり前だったことが、これからもそうとは限りません。人も時代に合わせて変わっていかなくては。

 これを読んだあなたは、きっとまたわたしがおかしなことを言っていると笑うでしょう。一年前のわたしも、同じだったでしょうから。あの頃のわたしは、あなたが言うことが正しいのだと信じていました。わたしはあなたと違って働いた期間が短く、世の中のことを全然知らないから。世間知らずの専業主婦がわかったようなことを言うなと、あなたはよく怒りましたね。

 でも、わたしもあの頃の世間知らずのままではありません。あなたと完全に離れてみて、ようやくわかりました。わたしはあなたなしでも、立派に子どもたちを育てていける。あなたの稼ぎがなくても、わたしの収入だけで食べていける。あなたの連絡がなくても、子どもたちももう気にしない。つまり、あなたのことはもう必要ないと。


 同封した離婚届には、すでにわたしの署名と捺印がしてあります。あなたの記入が終わり次第、こちらにまた返送してくださいね。あなたが提出するのはいささか不安なので。怒りに任せてびりびりに破ったりしないでくださいね。そうされても、こちらからまた送るまでですけど。あなたが今さらどう言ったところで、わたしの、わたしたちの決意は変わりません。

 それでは、今日もあなたの隣でぐっすり眠っているんでしょう誰かさんにも、どうぞよろしく伝えてください。浮気の証拠は三ヶ月前のテレビ電話の時にバッチリおさえておきましたので。相手が忘れていったのでしょう、わたしなら絶対につけないグロスをね。これまでのあなたのモラハラ発言はわたしの日記に残っていますし、電話の音声も残っています。もちろん慰謝料や養育費はいただくつもりですので、よろしくお願いします。

 今ごろあなたも相手の方も、怒りや焦りで真っ赤になって震えているでしょう。でもよく考えてみてくださいね。あなたが浮気していることに気づいたのは、誰でもない子どもたちです。一ヶ月に数回、画面越しでしか会えない父親が、自分たちより見ず知らずの女を優先させているんだと知ってしまった子どもたちの気持ちが、あなた方にわかるでしょうか?

 すでにあなたの連絡先は、わたしも子どもたちもブロックさせていただきました。以降のやり取りは弁護士を通してくださいね。十五年間、お世話になりました。三人の宝に出会えたことが、あなたとの結婚で唯一得られた私の幸せです。どうぞ私たち親子から遠く離れた場所で、好き勝手に生きてください。



 追伸

 裁判所ではソーシャルディスタンスが保たれるかと思うので、必ず出廷してくださいね?

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