第7話 嫌悪すべき者の対峙

 自分のルーツを思い出し、奮い立たせた俺は、次の計画へと移行する。


頼みの伯父に見限られてしまった。報復が必要だが、今の俺にその条件は揃っていない。


裏切った以上痛い目を見てもらうしかない。




後悔させてやる。




 そんな事を考えながらイエへ帰る。帰りたくはないが。




 帰宅後、特にカゾク的な会話は一切しなかった。


食事や身の回りのことを自分でするようになり、ほとんど小言まがいないなことしか言わなかったからだろう。


それに加えて、関わるなというオーラがあいつらにも感じとれているのかもしれない。




好都合だ。


イエもずっとこの状態が続けばまだ増しだな。


いや、何を考えているんだ俺。感傷に浸って弱気にでもなったか。


この計画が簡単なものではなく、誰かの裏切りがあれば、危うくなるのなんて、わかりきった事だ。




失敗は想定内だ。死ななければいいだけなのだから。


簡単では無いが不可能という訳ではない。


戦地へ赴いて、蜂の巣になって生き返って来いと言われた訳ではない。


実行し続ければ、自ずと道は切り開かれる。




停滞は許されない。学校へ行き例の協力者を利用する。


話はそれからだ。


 食事を済ませ、湯船に浸かった後、寝床へ着いた。








 一週間後程。学校へ行くと、見覚えのないスーツ姿の者が校門へ突っ立ていた。


曲がりなりにも、ここは学校だ。不振な奴はを置いておくようなことはしない。


学校側で繋がっている人物なのだろう。


いじめを解決する気がない学校なので、大して驚かない。




しかし困った。俺へ用があるように見受けられる。


その理由として、こんな朝早くから来ているというのに待っている。


7時頃に来るものなど先生を除いて、俺しかいない。先生に用があるのなら、学校の中で話合っているものだろう。




最も、学校で持ち出さないで話し合う事だって可能だろう。


その方が都合がいい。


こんな学校なのだから。


よって、生徒である俺に用があるに違いない。


そして、学校と繋がっているということは阿多谷の父


親の差し金という可能性が高い。


予想が外れているのなら、それにこしたことはない。とにかく、このまま学校へ登校するのはまずい。








 俺は学校を後にし、近くの公衆電話を使う。


本来なら、スマホがあったはずだが、裏切り者に奪われてしまった。


最も、奪われていなかったら、こんなことをする必要は無いが。


電話相手は坂井の自宅だ。電話が繋がった。




「もしもし」




「俺だ透だ。」


良かった。母親ではないか。面倒事は避けたいからな。




「透君!?あれからどうしたの?全然会えなくて、心配だったよ。」




「今そういう話はしなくていい。それよりも、すぐに落ち合いたいから自宅で待っててくれ。15分程でそっちに着く。」




「うん。わかった。」




 必要な電話を済ませ坂井宅へ向かう。


人気のいない時間帯を避け、このまま待つのも手だった。


しかし学校と関係を持っている可能性が高い都合上、あまり抗力は無いように思える。




例え不振な人物がいるから何とかしてと、生徒側で言ったとしても、彼は保安の方ですと適当にホラを吹くだろう。


生徒経由で、親が文句を言おうと変わらない。


そもそもそんな主体的な生徒は俺を除いていないだろう。


こんな学校に通い続けているのだから。




 坂井の自宅へ着き、インターホンを押す。坂井が外へ出てきた。




「おはよう透君」




「おはよう」




「あれからいじめられることがなくなったんだ。平日の朝だけど、お礼の話もしたいから中へ入ってよ」




「嫌、いい」




「そう言わずに」




「お礼になるかわからないが、協力して欲しいことがある。」




「何? 言ってみて」




「俺が学校に登校した後尾行して欲しい」




「へっ? 」




「単刀直入すぎたな。学校の門に見慣れない奴が突っ立ていたんだ。そんで、そいつは俺に用がある可能性が高い。自衛の為保険として、お前が尾行して、一部始終を録音して貰いたい。俺が大笑いしたり、怒鳴ったりしたら、警察なりに連絡してほしい。勿論報酬も出す。出来るか?」




「……」




 やはりすんなり引き受けないか。不確定要素なのだから仕方がない。


恩だとか、借りだとかそういう曖昧なものにどれ程の力があるのだろうか?


何よりも、俺がこんなものに一抹の期待をすることに怒りを覚える。




伯父への裏切りで慎重になるのはわかるが、これはただの臆病だ。


人生に100%があれば、世界は成功者で溢れかえっている。


念入りに手を練ったつもりか?苦し紛れで、申し訳程度の対抗策の間違いだ。対抗策ですらない。




そもそも、一般的な人生設計でない俺には、不足の事態など、これから幾度となく現れる。


人並みの幸せから外れた人生設計の俺に安定したレールは存在しないのだ。


不足の事態に対抗するには、万全の態勢に揃えてやっと成り立つものだ。




例え一つの事象に対して、行き当たりばったりで事なきを得ても、それはただの幸運だ。


続くものではない。自分の立場を考えろ。今の俺に選択ができる程の材料が揃ってはいない。


ならば、進む他ない。失敗も成功もわからない状況でうじうじして何になる。




早く学校へ戻ろう。丁度多くの生徒が行き交う時間帯になるだろう。そこで、スーツの奴がいるか確認する話はそれからだ。




「今の話は忘れてくれ」「やるよ」




「いいのか? 」




「うん。どうしてそうなったかはわからないけど、僕は透君に助けられた。助けになるなら喜んでそうするよ」




「そしたら、これがボイスレコーダーだ。俺が先に学校へ登校するから見張ってくれ。スーツの男性に呼び止められることが予想される。丁度いい頃合いを見計らって、尾行してくれ。もし、呼び止められずに事なきを得てたら、後でボイスレコーダーを返してくれればいい。報酬も何も無くても払うから安心してくれ」




「わかった。けど、報酬なんて要らないよ。助けられた身なんだからそれくらい当たり前だよ」




「お前がいいならそれでいいが」








 俺は、坂井を連れて再び、学校へ来た。生徒が丁度校門を行き交うというのに、スーツ姿の男はまだ立っていた。


俺の淡い期待は裏切られた訳だ。


坂井には手筈通り、俺が登校するところを離れて付いてくるようにした。




さぁこれで話しかけられなければいいのだが。




「向井間様少しよろしいでしょうか? 」


矢張干渉してきた。




「よろしくないと言ったら、諦めてくれます? 」




「困りましたね。阿多谷社長の命令ですので。悪い話ではありません」




そう言った男の顔は笑顔であったが、それとは裏腹に物腰が若干力んでいた。


話をしなければ悪いことになるみたいじゃないか。


まぁあの人に対抗できる術を今の俺は持ちあわせていない。




従うしかない。それに、裏を返せば、そうそう会えない人物に会うことでもある。


この機会をうまく利用するに越したことはない。




「わかりました。そちらについて来ればいいですか? 」




「はい。ご案内します」




そう言って、男は何の気兼ねもなく、学校へ入って言った。


いうまでもなく、学校は阿多谷社長の支配下だということになる。


学校内へ入り、見たことない場所へと案内された。


流石金持ちといったところだ。








そうして部屋へ入ると、一人の男がいた。


「やあ。向井間君」と声で、阿多谷の父親であることを確認した。


ここで、どういう人間なのか見極めたい。




「阿多谷の父親でいいんですね? 」




「ああ。そういう事になる。阿多谷寿士あたやひさしだ。」




何とも他人事のようだ。それでも親なのだろうか?


普通の奴ならそう思うのだろう。


俺が知った事ではない。


奴に同情する気は無いのだから。


それに電話越しからでも金元を溺愛している様子が見受けられなかったのだから、想定できた反応だった。




それでも、阿多谷寿士という人間という者がなんなのか少しでも知る絶好の機会なので、あえて普通の反応をし、探る。




「実の子供でないんですか?随分とよそよそしいですね」




「金元はまだ完成に程遠いからねぇ。だから家族として受け入れていないんだ」




金持ちというのは歪な家庭になることが多いのだろうか?


いや金持ちだろうと、そうでなかろうと、歪な奴が歪にしているだけのことだ。


それにしても、問題ある家庭だとは思っていたが、よもや、これ程いきすぎた家族方針だとは思わなかった。




いや、家族とはいえないか。勉学で常にトップであったようなので、能力に申し分無いように思えるが、どうやらそれだけでは足りないようだ。


父親が原因で金元は恐らく狂ってしまったのだろう。


金元は哀れだが、俺には関係無いことだ。




何よりも自分の利益が先決だ。俺が手をさしのべる余裕も理由も利益もない。


いや、利益はあいつと仲良くすれば、金銭的な利益を見込めるかもしれないが、そんなのは精神衛生上不釣り合いな代物だ。


理由があろうと、金元は屑である。関わりたくないタイプの。




 阿多谷寿士という男を素性を触りだけでもわかったので、次は本題を聞く事にしよう。




「家庭の話にずかずか踏み込むのは止します。それはさておき、なぜ俺を呼んだんですか? 金元がいじめをしていた事を暴いた。言うなれば、俺に会えば、嫌な事を思い出すことになる人物のはずです。本来なら、あんまり関わりたくないのではないですか? 」




「何を言うんだい?寧ろ逆だよ。暴いてくれて私は嬉しいんだよ。いや、阿多谷を追い詰めたのが嬉しいと言うべきか。そして君みたいな存在に会いたかったんだよ」




「……? どういう意味ですか? 」




「いや、済まない。興奮すると、結論を言わずに先走る癖がある。まず、私は君、透君を煙たくなんて思ってはいない。そして、金元のいじめについては知っていた」




「は? 」




「おかしいと思うんだね? 」




「当然です。止めない理由がわからないです」




「私にとって、金元はまだ未熟だというのは、君に言った通りだ。しかし学問は群を抜いて励んでいるのも事実だ。けれどだ、励みすぎているんだ」




なんだ心配しているのか? だとしても、話の筋が通ってない。何を言いたいんだ? 意図がわからない。




「本当に励み過ぎているんだ。本当に…どうしてあそこまでしないと勉強が出来ないんだろうね」




「! ? 」


今度は話の筋が通っているのに、理解出来なかった。


ああ、この男は歪なようで、一貫しているな。


歪が一貫していると言っていいだろう。




「100点を取ることは前提として余裕を持ってこそ、阿多谷の家系だ。一つのことに固執しすぎては、阿多谷家を継ぐものとして、能力が足りない。そして、ある時いじめを初め、それが習慣化するようになった。人だって、生き物だ。ストレスを貯めてはいけない。放置すれば爆発し、壊れてしまう。息抜きやガス抜きは必要だ。ただあんなやり方はいけない」




歪でも最低限の倫理観はあるようだ。息子のいじめの事に思うところはあったようだ。


……? いや、では何故父親から止めることをしなかったんだ。




「―――いじめをするなら、私にバレないようにしないと失格だ」




「っ! 」異様な人物。そう考えていたので、覚悟はしていたが、覚悟していても、一瞬顔を歪めてしまった。


平然と言えるその男に嫌悪してしまった。


さも、自分はおかしいことは言っていないという素振りだ。






「本当に、ガス抜きをするにも、上手くしないと。これから経営者になったら、あのような遅れを取れば、アウトだ。挽回なんて出来る可能性はほぼ0だ。隠してるこっちの身になって欲しいよ」




「そんな事をするくらいなら、本人に忠告して、止めさせた方がいいんじゃないですか? 」




「人のガス抜き方法はね、しっくり来るものでないといけないんだ。今まで金元にはそういうものが無かったんだ。そんな中、唯一のガス抜き先を失えば、壊れてしまうこともおかしくない」




俺の目には既に壊れてるようにしか見えない。




「では、忠告して、もっと上手くガス抜きすれと言えばよかったのではないんですか? 」




「必要ないよ。そこでつまずいてるようじゃ、そこまでの人間だということ。候補者は幾人もいる。一人にいちいちとやかく言わないよ」




つまり金元には大して期待していないが、保険として、育てているという外道極まりない行為をしているようだ。




「話が大分遠回りになりました。何故俺を呼んだのですか? 」




「ああ。そうだったね。向井間君。いや、阿多谷透として、養子になる気は無いかね? 」

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