最終話

短い髪を揺らしながら、光は微笑した。

「私はね、大村くんのことが大好きなんだよ」

 そしてぎゅっと抱きしめる。

 暖かい肌に、少し膨らんだ胸、髪からはシャンプーのいい匂いが香る。

 俺も反射的に抱きしめる。すると光はさっき以上に力を込める。

「ごめん……もう我慢できねー」

 ベットに倒す。そして長く、甘いキスをした——。


 翌日、学校で光の送別会があった。

「本当に……転校しちゃうの?」

 明の泣き声に、微笑した光。「そうなんだよ。寂しくなっちゃうね」

 俺はその光景をどこか冷めながら見ていた。光——自分の彼女が転校してしまうことに実感がわかなかったのだ。

 全員で集合写真。光を真ん中にして、生徒が集まる。泣いてるやつも、笑ってるやつもいた。暗い顔をしているやつもだ。皆んな光との別れを悲しんでいる。

 生徒指導の教師が「はいチーズ」と言うと、光以外の全員がにこりと笑った。

 光は泣いてしまった。我慢していたのだろう。皆んなとの別れの寂しさに。


 引っ越し当日。

 授業に全然集中できずにいた。光が気になる。

 すると隣の山田が声をかけてきた。

「光ちゃんのところに行かなくていいのかよ」

「大丈夫だよ」

「一生“後悔”すると思うぞ」

 後悔——その言葉に俺は心の奥で何かが弾けた。

「先生、ちょっと光のところに行ってきます」

 鞄を背負って、教室を出た。

「おい、大村!!」

 拍手が沸き起こる。

「頑張ってこいよー!!!」とクラスの皆んな。

 俺は学校を抜け出した。


 光は声がしたような気がして振り返る。だが、誰もいない。

「光? 車に乗りな」

「うん」

 母に促されて、ミニバンに乗ろうとすると、

「光ーー!!」

 と大村の声がした。

 声のした方向を見ると、息を切らした大村が立っていた。

「大村くん!? どうして」

 近づいてくる大村。額は汗で濡れていた。

「お前に会いにきたんよ」

「最後に?」

 大村は首を振る。

「結婚の約束をしにきた」

 光を抱き寄せる大村。耳元でそっと囁く。

「ごめんな、いままで。愛してやれなくて。俺はお前が必要なんだ。結婚してくれるか?」

 光は思わず苦笑してしまう。もう、急だなと笑う。

「うん、いいよ」

 上目遣いに照れた表情で見上げる。

 そっとキスをしようとすると、

「いい話よねー」

「そうだな」

 と、光の両親が立っていた。慌てて、手を離して距離を取る。

「坊主、結婚したいんだったら、分かってるよな? この異田島財閥の跡取りになるってことだぞ——」

「ちょっと、お父さん!!」

 父親の半ば脅しとも取れる言葉を、光は咎める。


 ——十年後。

 会社の拘束時間が解かれ、家に帰宅する。

「ただいまー」

「お帰りなさい。優さん」

 玄関に現れた光。俺は鞄を預ける。

「ただいま、光」


(了)

 

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ただの日常は尊い 大西元希 @seisyun0615

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