第4話 転校

「今月で光さんは転校されます」

「えーー!?」

 担任教師からの突然の発言に、クラスはどよめいた。

「ほんとかよ」

 光の横の席のやつが尋ねる。

「うん。ほんとだよ」

「マジかよー!」

 と大袈裟に体をのけぞらせた。それを見て俺はオーバーだなと思った。

「何がオーバーだよ。強がりやがって。光ちゃんはお前と離れることになって悲しんでるぞ」

 横の山田がさらりと俺の心中を当てて見せる。

「人の心を勝手に読むなよ。馬鹿らしい。それにオーバーっていうのは光の横のやつの反応だよ。たかが転校じゃねーかよ」

「でも、もう会えないんだぜ」

 俺はまた強がった。全然寂しくない、と。

 山田は腕を組んで「これは重症だな」と頷きながら言った。

 光の顔がわずかに歪んだ気がする。

「素直になれよ。大村」

「わぁかってるよ。はいはい」

 送別会は来週の月曜日に開かれることとなった。


 下校途中、いつもと同じように光と一緒に歩く。

「なぁ、明日さ一緒に遊びに行こうぜ」

「うん」

 鬱陶しそうに答える光。一瞬ドキりとする俺。

「どうかしたのか?」

「……」

 無言の圧。どうして無視をされなくてはいけないのだろう、と原因を考えてみるも分からない。

「どうかしたのか。光?」

 そう言うと、光は俺をきつく睨みつけた。明らかに敵意を向けている。

「おい!! やめろよ」

「大村くんは私が転校しちゃってもいいもんね」

 その言葉でようやく事態が呑み込めた。教室での俺の発言『たかが転校じゃねーか』が光に聞こえていたらしい。

 部が悪くなって頭をぽりぽりとかく。これは完全に俺が悪い。

「そのー、悪かったよ」

 プイとそっぽを向いて歩き出す光。

「チッ」

 舌打ちを思わずしてしまう。


「ただいま」

 自宅に戻ると妹の華が待ち侘びていましたとばかりに、玄関に現れた。この場合の待っていたのは俺、ではなく飯なのだが……。

「お兄ちゃんおかえり」

「飯作るから待っとけ」

 キッチンで手を洗って、さっとエプロンを身につけてIHのスイッチをつける。

「お兄ちやん、今日はたこ焼きがいいな」

「お前はほんと、たこ焼きが好きだな」

 胸を反って手を腰に当てる華。

「だってワイ、生粋の大阪生まれ大阪育ちなんやもん」

「お前は埼玉生まれ、埼玉育ちだ」

 ヘロヘロと体の力が抜けてイカのようにある華。

「埼玉、嫌だな」

「埼玉県民の皆さんに失礼だぞ」

 そんなやりとりを何回かすると、料理が完成した。ステーキラーメンだ。

 食卓に並ぶと華は早速「何これ、美味しくなさそう」と文句を言い始めた。

 たしかに見た目は悪いかもしれない。

 ラーメンの上にスーパーの特売で買ったステーキ肉と大量のコーン。そして肉の上にバターが乗っているだけだ。

 でも味はうまかった。

 ユーチューバーがこれを作っている動画を見て、これ食べてみたいなと思ったので作ってみた。味は普通の袋ラーメンの味にステーキのあの味。とてつもないハイカロリーだが、やみつきになる組み合わせだ。

 華は無我夢中でステーキを頬張っている。

「美味しいか」

「うん」

食事を終えると、電話が一通、かかってきた。出ると光の沈んだ声が耳に響いた。

「もしもし、光か? どうした」

「今から、会えない?」


 光の家の前で自転車から降りて、家のインターホンを鳴らす。

 数分ほどで光が出てくる。その顔は涙で濡れていた。

「入って」

 俺は失礼して家に入ると、「今日、親いないから」と言われた。その言葉の意味を頭の中で詮索してしまう。

 光の部屋は綺麗に整頓されていた。カラーボックスの中には文庫本。上にはクマのぬいぐるみ。桃色のカーペット。表面がガラスの机の上に置かれたファッション雑誌。その全てが、当たり前だが、ああ女の子の部屋なんだと実感させられる。

「部屋、綺麗だな」

「ほら、座って」

 光は腰を落とす。俺もそれにならう。

「一体、どうしたんだ?」

「帰り道、私大村くんにひどいこと言ったでしょ。あれ後悔してて……ごめんね」

 俺は言葉を失った。どんだけこの子は純粋なのだろう。あれは俺一人が悪い。光の転校を軽く見た発言をしてしまったのだから。縁を切られてもおかしくはない。なのに光は俺を許すどころか謝罪をしてきた。

「いや……あれは……俺が悪りぃからさ。謝んなくていいぜ」

「じゃあ許してくれるの?」

「ああ。許すも何もないんだがな」

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