第5話 日常
「・・・いや付き合うとかそういうことじゃなくてね!?」
ササッと手を交互に交わし深い意味はないと強調する愛華。
不器用な笑みで誤魔化そうとするが、キョトンとした二人の反応に冷汗が漏れ出ている。
「ほら、ちょっと出掛けるーみたいな?」
「それならアタシとリクとアイカの三人でいいじゃん」
「それじゃいつもと変わらないでしょ?」
「えーそうかなぁ」
ぶーと口を尖らす眞を無視し、愛華は凛久にどうなんだと視線を送る。
「・・・愛華がいいなら、今週末とか?」
「「え」」
自分から提案した癖に予想外なことが起きたように呆ける愛華。
「どうかな?」
「え!?週末!?週末は―――」
スマホのスケジュールを確認している。
「あっ、ごめんなさい、土日どっちも予定あり・・・」
しょんぼりと肩を落とした。
「友達と?」
「うん、買い物に行こうって」
「ならそっちに行きなよ。来週は?それなら僕も空けておくから」
「来週なら空いてます!」
一喜一憂して忙しいなぁと思うが喜んでもらえるのならこちらとしても嬉しい。
「そしたらまた近くなったら予定立てよ、雨かもしれないからどこか建物の方とか」
「それなら凛久がプラン立ててよ!これはアナタのための勉強なんだから」
女性らしい仕草でウィンクされハッと気付かされる。
そうだ、彼女は僕の小説のネタ、参考になるかもという好意で提案したのだ。
あくまで想いを寄せる女性、ひいては恋人という体で臨まなければならない。
「うん、頑張るよ」
「///」
彼女は照れ臭そうに眉を顰めたあと、清々しく前を向いた。
そんな両端の二人、蚊帳の外の眞はいい顔をするはずもなく、怪訝な目つきで考え事をしていた。
なぁに、まだ一週間も時間があるんだ、自分も愛華の案に便乗してやろうという面持ちで・・・。
♦♦♦♦
「はい席に着いてー」
いつもと変わらない午前8時30分。
HRの鐘が鳴り響き雑談していた生徒達は慌ただしく着席する。
廊下から入って来た弓月智景は普通の態度で出席をとり始めるが、僕は普通じゃいられない。
昨日の出来事を必死に思い出さないようにし、昂る気を抑え鎮める。
「ではこれから―――」
彼女が喋り始め皆いい子になる。
でも僕は違う。
男なんて単純。
悔しいが、実際単純だった。
HRも終わり一限目の準備中、智景がこちらに寄ってくる。
「殿前くん、昨日のノートもう読んだ?」
「半分までは・・・」
「そう、どうかな?」
何ら変わらない風に振舞う彼女は純粋に尋ねてきているようだ。
まるであの行為がなかったというように。
「面白いですよ、ただこれから後半?に突入するから毛色が合うかどうか」
「大丈夫よきっと!放課後また読んでみて!」
それだけ言うと上機嫌に自分の担当教室に向かって行く。
「・・・何の話してたの?」
近くに座っていた愛華がやりとりを眺めていたそうで、不思議そうに尋ねてくる。
「ん?実は昨日、弓月先生にノート渡されたんだ、読んでほしいって」
凛久はカバンに入っていた本を取り出し彼女に見せる。
「・・・色情時雨?変なタイトル」
「内容もちょっとそっち系」
「ふーん、ねぇもしよかったら―――」
愛華が何か言いかけた時、横槍が入る。
「おい何読んでんだよ殿前!」バシッ
「あっ!」
僕の手から離れるノート、それを奪ったのは同じクラスでお調子者の
「なんだこれ、しきじょー・・・しぐれ?」
「返せよ田淵」
「随分とボロいノート」
田淵はひょいと凛久の手を躱し、彼の机に腰掛けパラパラと捲り始める。
「ちょっと田淵君やめてよ」
普段大人しい愛華もこの男に対しては強く出る。
「なんだよ姫宮、また彼氏を庇うのか?」
「かれっ!?」
田淵はこの通り、憎まれ口というか、明るくてリーダー的な素質はあるのだが、気に入らない目の敵にしている人間にはすぐちょっかいをかける。
大方僕以上に真面目で品行方正な愛華が嫌いなんだろうな。
「もういいだろ」
「ちぇ」
僕が彼に求めると素直にノートを明け渡してくれた。
「なぁそれエロいのか?」
「田淵が思ってるようなやつじゃないし、退屈だよ」
「そうか、ところで来週暇?」
おいおい唐突過ぎるだろ。
会話の切り込み方が雑だがコイツはこういうヤツなんだ、一々ちょっかいをかけたり絡まないといけないタチの人種。
「僕?・・・まぁ土曜なら」
「おっしゃ、男子でカラオケ行こうって話してんだけど来いよ」
「はぁ」
「後でグループに回しとく」
肩をポンと叩かれ愛華一瞥したあと席に戻る田淵。
彼はこうして誘ってくれるし悪いヤツじゃなく、女子からも結構好かれてる。
しかしまぁやり方というか・・・、
「私、アイツ苦手」
このように、いい顔をしない人もチラホラ。
「気をつけてね」
「何が?」
「田淵」
「何を気を付けるのさ?」
「・・・別に」
愛華はそれ以上何も言わず席に戻る。
僕はふぅと首をぶるりと振り、授業が始まる前の小時間、一ページだけでも読み進めようと最後に読んだ箇所を開く。
大丈夫、放課後まで時間はたっぷりとあるのだから・・・。
♦♦♦♦
「ねぇ、さっきは聞けなかったんだけどあのノートって―――」
昼休み、愛華と机を合わせ昼食をとっている時、彼女の方から質問される。
「あぁ」
口に含んだ米粒を飲み込んで再び彼女に手渡し、ことのあらましを説明した。
「弓月先生の友人が書いたんだって、ジャンルは恋愛物」
「ふーん、どういう話?」
表紙を真剣に眺める愛華。
眼鏡の奥の眼光はかなり鋭かった。
「主人公の女の子がいじめられてるんだけど、ある日クラスのイケメン男子に助けられて」
「んで恋をして付き合うって話」
「王道ね」
「いやそれがさ、まだ続きがあるんだよね」
「?」
「付き合い始めた彼は彼女だけじゃ満足できなくて、葛藤するんだ」
「それで悩んでたところにその子がさ、他の人とも恋愛すればいいって―――」
「なにそれ!?」
「そうなるよね、その中には彼女をいじめてた女の子もいるらしいのに・・・」
「・・・復讐物なの?」
「え?」
「ここから復讐者に彼が変身するのならば、なんとなくこの前読んだ小説の内容と似てるなって」
「なんてやつ?」
「三島由紀夫の『禁色』、女性に裏切られた老人が若い男性を使って復讐を企むお話」
「もちろん古今東西こういう復讐系はあるけどさ、誰も幸せにはならないよね」
「私はやっぱり、ラブストーリーが好き」
パタンとノートを閉じ真摯に語る愛華。
そりゃ女性はそうだろうな、どんな時でも白馬の王子様に憧れてる。
でもさ、男は皆そうとは言い難い。
ズルい話だが、甘い蜜をとことん啜りきったあと、最後は自分にだけ忠を尽くす伴侶を探している。
僕はそうじゃないって願いたいが、昨日の一件から自信が持てなくなった。
「とにかく!凛久にはちゃんとしたラブストーリーを書いてもらいたいから!」
「来週、楽しみにしてるね!」
どうしてかいつも以上に明るくなる愛華。
その姿に少し、眞に似た雰囲気を感じた。
♦♦♦♦
「雨、止まないなぁ」
放課後の部室、今日はあの夕焼けが射し込まず、曇天から溜まった涙が噴き出ている。
耳障りな心地の良い雨音に苛まれながらノートの続きを読み進める凛久。
他の部員も本日は読書デーなのか各自図書室から持ち寄った本に目を通していた。
「魁人先輩は、土日どうするんですか?」
僕は並べられた活字に集中しながらも声を出した魁人に反応するよう尋ねてみる。
「んー?雨だろうし、お家デートかなぁ」ニヤニヤ
そのイタズラな笑みに気が付いた僕は一睨みを利かせ、やれやれと溜息をついた。
「溜息禁止ー」
部室内に駄菓子を持ち込み食べながら言う人間の指示。
細長いチョコ付きの棒の折れる音に咀嚼の雑音、それに雨音、いるだけで眠くなる空間だ。
「ふぅ」
そうして時間が過ぎやっと最後まで読み終わった。
「・・・」ギィ
なんというか、悲しい話だった。
いや、ハッピーエンドで終わったのだろうが、考察すればそうじゃないことぐらい分かる。
流石にツバサと重ね合わせ、自身の小説を描くというのは難しい話だが・・・。
だがしかし。
「・・・魁人先輩、今度出掛けませんか?二人で?」
「「「!?」」」
皆の視線が一斉にこちらに向く。
「―――デートってことか?」
「ええ」
「ははっ、いいね、いつ行く?」
「来週か再来週とか」
「分かった!」
僕はツバサの『好意を利用し女子を侍らす、操る』という生き方は気になった。
(そうさ、蛇の道は蛇、この本のことを魁人先輩に尋ねてみよう)
(真実の恋は、一つ以外にもあるかもしれないし)
何も行動しなければ恋なんて成就しない。
逆に行動力さえあれば、度胸さえあればなんとでもなるかもしれない。
僕はこのノートでそれを知った。
だから本当か確かめるんだ。
清純で気高い少年はある意味で、幸せになったのだから。
♦♦♦♦
今回はここまでです、読んでいただきありがとうございます。
ほぼ毎日更新でやろうと思いますので、明日もお楽しみに。
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作者Twitter https://twitter.com/S4EK1HARU
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