第8話 詰問

 夢にまで見た甘酸っぱい秘め事、舐めるのではなく貪り喰らう。



 男としての矜持は完全に彼女の手中に収められ、嬲られる。

 初めては初恋の人と、意中の女子とがよかった。


 そんな吹けば飛ぶ童貞的発想の芽を彼女は摘み取ったんだ。


「弓月先生ダメッ」

「二人だけの時は下の名前でしょ?」

 可及的速やかに凛久のベロは犯され、完全にスイッチが切り替わったのを確認した女教師はもみあげから耳裏にかけてを厭らしく掻き上げた。


 スカートの可動域ギリギリまで足を大仰に開き、男子生徒一人の純情に狙い定める。


 ズボン越しでも熱い鼻息が微細に布地を侵食、凛久は鎖骨にどんどん水気が溜まっていくのを感じた。



 夢の続きが今ここに・・・それでもまだ、理性もある。



「智景先生駄目ですよ、眞姉と愛華待たせてるから」

「ん~期待してた癖に?直ぐ済ませるから」

「でも―――」



 ガチャン!!



 不意に、部室のドアが動く。





 ガチャガチャガチャ!ドンッドンッドンッ!!!!





「ヒッ!?」

 情けない声をあげる凛久とは対照的に、時間切れかなと悟る智景。


「ごめんね、続きは今度ね」

 最後にヌルゥーっとチャックをなぞられ、僕は湿ったズボンを隠すよう学校カバンを前に携えた。



 カチャ



「お疲れ様です」

「あら眞ちゃん、どうしたの?」

 引き戸からぬらりと現れた眞、異様な雰囲気を纏っている。


(もしかしてバレたのか!?)

 嫌な予感がする、智景越しの眼光は鋭く僕を捉えていた。


「リク、アイカもアタシも待ちくたびれちゃったよ、早く帰ろ?」

「うん・・・」

「そうね、もうこんな時間だものね」

「それじゃあまた明日、鍵は閉めておくから」

 智景に促され僕は部室を出ようとするが、ノートの所在を確かめておく。


「え?それは殿前くんが持ってて!何度も読めば作者の気持ち、分かると思うから!」

「でも―――」

「また新しい発見があったら教えて?」

 微笑みの裏に淫らの影も見せない智景は凛久の背中を押すと、ドアが閉められる。


「・・・ごめんね待たせて」

「いいよ―――」

 含みを孕んだ了承、間違いなく部屋で起きたことを理解したような目付き、普段怒ることのない眞だからこそ一層際立つ憤怒の面持ち。


 薄暗い階段をゆっくり一段づつ下りる。

 愛華は待ちぼうけを食らっているだろう、悪いのは全部僕なのだから謝らければ。



「ねぇリク―――嘘つかないでね?部室で何してたの―――?」



 この空気と同じようにどんよりとした深い声量、全身に鳥肌が立った。


「えっと、借りてたノートの内容を、話し合って―――」


「ふーん、その割には長かったね?明日じゃなきゃ駄目だった?」

「下でずっと待ってたんだよね?風邪ひいたらどうしてくれんの?」


「・・・ごめんなさい」


「いいけどさ・・・なんか随分、チカゲちゃんと仲良いね」

「そうかな?」

「女の勘って、結構当たるからね?」

 急速に冷える血流のお陰でカバンを前から肩に掛ける、歩きにくくてしょうがなかったから。


「それ以外には?」

「え?」

「話以外に」

 二階と一階の踊り場で、立ちはだかってきた。



「・・・別に」



 ふるふる震え小鹿みたいに立ち竦む凛久。

 これじゃ何もなくても問い詰められる。


「リクはさ、やっぱり嘘が下手だよ」


「今日が初めて?アタシよりも?」


 既視感ありありな本日二度目の壁ドン。

 静かにぶつけられる怒りはもう鎮められそうにもない。



「いやあの『 何やってんの二人共!? 』



 階下から大声が響いてきた。

 見ると心配そうにしている愛華の姿が。


「ん?別に?」

「別にじゃないでしょ!?私ほっぽって二人で―――」

「何もしてないって!ちょっと髪に虫がついてたからさ、とってあげようとしただけ!」

 吐き捨てるように眞も声を張り上げる。


「ね?リク?」

「・・・そうだね」

 傍から見れば脅迫されているような光景にあんぐり口を開けている愛華。

 眞は凛久の片腕を握ると羽毛を思わす軽い足取りで階段を駆け下りた。


「ほんっと待たせてゴメン!帰ろ!」

 二重人格と見紛うほどに危険で激しい一面を見た凛久は愛華に目でサインを送り、彼女を納得させる。


 とても長い一日を終えた三人は、帰り道あまり喋ることもなく帰路に就くのであった。


 ♦♦♦♦


 姫宮姉妹の部屋は隣同士だ。

 壁が薄いのか耳を澄ませば話し声などは聞こえてくる。

 眞は自室で電話をするから愛華はちょっと我慢しなければならない。


 でも偶に、違う音が聞こえてくる。


 それはきっと家族であっても、耳に入れる必要の無い音であった。



(今日はやけに騒がしいな)

 ベッドを姉の部屋の壁に沿うように配置したため発生する事案。

 解決の糸口は家具の位置を変えることだが、機は既に逃している。



 自分だって興味はあるし、やる日はある。


 だがしかし、こんな寝静まった時間にしなくてもいいだろう。



(・・・何を考えて、してるんだろう)

 大方凛久のことだろうが、もしかして魁人とか?


(それはちょっと、気持ち悪いかな)

 友達とかならまだ許容できるが、親族の光景を想像したくない。


(早く寝よ)

 月明かりさえ射し込まない分厚いカーテンの自室で、息を潜めるように意識を落としてゆく。



 今日は本当に、疲れた。



 ♦♦♦♦


 また同じような夢を見た凛久はベッド横のカーテンを開ける。

 今朝も曇り空に支配されていて、一時の換気をするため窓をグッと開いた。


「・・・」


 愛華はまだ起きていないのか窓は閉められたまま。

 気になんてしてられない、顔を洗うため一階に降りよう。


 今日は金曜日、一週間で一番喜ばしい日なのだから。


 ♦♦♦♦


「おっはー!」

「おはよう眞姉、愛華」

「おはよ」

 黒い傘を杖のように操り挨拶をする眞と平常運転な愛華。

 あのあと姉妹からメールの類はなくて、平穏な夜のひと時を過ごせた。


「今日は金曜日だね~楽しみだね~」

「だね、明日友達とカラオケだし明後日は魁人先輩と遊びに行くし、休めなさそうだけど」

「結局行くんだ」

 眞は浮かない顔をしている、それどころか黙ってしまった。


「私も買い物、天気ちょっとでもよくならないかな」

 いつもは下ろしてるロングヘアーを二つ結びにしている愛華はまだ小雨の空を見上げた。


「二人はリア充ですな~」

「そういう姉さんだって、何だかんだ言って出掛けてるでしょ?」

「今週は暇ですよー」

 いつもと変わらない登校風景。

 軽く騒いで軽く笑って、普遍的なやりとりが繰り広げられる。



「んじゃまた放課後ね~」

 眞は二階の教室なのでここで別れ、僕らは三階の教室を目指した。


「そういえばあのノートさ、私も読ましてもらっていい?」

「え?いいけど」

 カバンに仕舞ってあった曰くつきのアレを愛華に渡す。


「昨日さ、智景先生と何かあったから姉さんに問い詰められてたの?」

 廊下でしてほしくない話題を持ち出す愛華だが、彼女にとっては蚊帳の外事案なので気になることでもないんだろう。


「いやーそうじゃないよ?」

「じゃあ―――」

「ごめん、ホントに何もなかったからもう聞かないでほしい」

「っ」

 僕は無理矢理にでも会話を切り上げようとする。

 怯んだ愛華はそれ以上何も言わなかった。


 ♦♦♦♦


『朗報朗報!明日のカラオケ、午後から女子が合流するとの報告アリ!』


 グループに回ってきたのはそんな一報だった。

 僕は教室の隅から男子メンバーを見遣るとそれぞれが目を合わせ、視線のバトンが飛んでくる。


『マジで?誰がくんの?』

『松岡グループ!渋谷で買い物するんだって!』

『マ?水着とかかな?俺も混ざろうかな?』

『お前この一瞬でその答えに辿り着けたとか変態過ぎんだろ』

 画面がどんどん埋まってゆく、それに発言することもなく見守る僕。


「愛華」

「?」

 もうすぐ授業が終わる前だというのにこんなことをしてる僕らは悪い生徒だが、どうしても気になって尋ねてしまう。


「明日って誰と買い物行くの?」

「今?てか授業中にスマホ弄るのやめて」

「ごめん」スッ

「由紀ちゃんたちとだよ」

 松岡の下の名前は由紀のはず、となれば彼女も合流するだろうし来る前に水着を買うのだろうか?


「・・・」


 伏し目がちに視線を教科書に向ける愛華。

 黒のロングヘアーは前髪ぱっつんで両肩に垂れ下がる毛先が乙女チック。

 姉よりももっと大人びている切れ長の目尻から伸びる長い睫毛、スラリと伸びた高い鼻に薄っすら控えている唇。

 どこからどう見ても文学少女の彼女に憧れを抱く男子も少なくないだろう。


 夏服のブラウスの下は姉よりも慎ましく、しかししっかりとある。

 腰の細さもほっそり締まっていて、スカートの境目がより流麗さを際立たせていた。

 冬とは違うミニスカも背伸びなんてせず膝上ギリギリまで伸ばしていて、そこが清楚さを裏付けているんだ。



 ポー



「?、何?」

「別に」

 思わず見惚れていたのに気付かれサッと目を逸らし、気怠い四時限目の空気を吸う。



 そんないつも通りの、金曜日。



  ♦♦♦♦


 今回はここまでです、読んでいただきありがとうございます。

 ほぼ毎日更新でやろうと思いますので、明日もお楽しみに。


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