もし僕が恋愛小説の主人公になったのなら~失恋直後の男子生徒は平熱な文芸部に一つの欲望を抱き、作品を完成させるためあらゆる異性との戯れを愉しみます~

佐伯春

第1話 恋愛小説の冒頭部分

 恋愛というのはかくも残酷で美しい。



 ・・・なんて月並みな表現。

 これは駄目だ、読者はハイハイと流し読みをすることだろう。



「はぁ・・・」



 放課後の部室に大きな溜息が木霊する。

 今回のは他の部員を苛つかせるほど大きかったのか、部長席に座る端正な顔立ちの女生徒は先刻から何度も何度も精気を抜かす少年にいい加減我慢の限界がきていた。



「リクくん~~~???」



 茜色に色づいた表情は一瞬読み取れなかったが、直ぐ理解させられた。


(げっ)


 彼女は徐に立ち上がり僕の背後に回ってくると、



 ガッ!


 ギュゥウ~~~!!



「ぶぐぐっ!!」

 完全に油断していた首元にするりと細腕を巻き付かせ、手荒な警告で脅してくる。



「溜息つきたいのはこっちも一緒なんだよ~~???」



 後頭部に柔らかい感触を受けつつ細腕を叩くが、緩まる気配はない。

 こちらをジィッと訝し気に見つめる対面の文学少女は助けてくれないし、隣に座るハンサムボーイもまたかというような視線を向けてきていた。


「そんなに小説のネタが浮かばないのなら~~~」

 半ば無理矢理立たされて、部室の隅のどこから奪ってきたか分からないソファーに投げ飛ばされる。


「いっ!?」

 ボフッと音を立て軋むソファー。

 起き上がろうとするが部長は捕食者の眼差しで舌舐めずりをし、仰向けの僕に襲い掛かからんと両手を突き出してきた。


「やめてください!」

「えー!?なんだって??こうやって無理にでもちゅーすればラブストーリーの一本や二本!!」

「僕が書きたいのは純愛なんです!!」

「彼女もいたことのない男に書けるわきゃねぇだろうが!!」


 ぐっ、痛いところ突かれた。


 ここは文芸部、所属している生徒は定期的に作品を発表している。

 新入生の通過儀礼として長編小説を手掛けることになった僕なのだが、指定されたジャンルは恋愛という、無茶ぶり他にない難題だった。

 部長は僕の実力を試そうとしている。

 だからそれに応えようと無い知恵絞りだしているというのに。



 かぷっ



「ひゃん!?」

 ご覧のとおり、作業に行き詰まるといつもこうしてくる。


「あーあ、まーたリックがマコトに襲われてるよ」

 同じ文芸部員の霧咲魁人キリサキカイトは平穏な部室に訪れる突発的なハプニングを眺め、隣の文学少女を見遣る。


愛華アイカちゃん的にはどうなの」

「どうでもいいです」

「眞がリックの作品のヒロインになっちゃっても?」



 ピクッ



(わかりやすっ!!)



 クールな文学少女は凛久が絡むと神経質になってしまい、なんともいえない反応を見せてくれる。

 モテ男はそのやりとりを高みの見物といわんばかりに楽しんでいた。


(もっと素直にアプローチすればいいのにさぁ)

 ニヤける口元を愛華に悟られぬよう隠し通す。

 聞いた話では殿前凛久トノマエリク姫宮ヒメミヤ姉妹は幼稚園の頃からの付き合いらしく、家も隣同士で姉弟同然のように育ったらしい。


 姉は勝ち気で男勝りの天真爛漫、コミュ力も高く男女問わない距離間の近い振る舞いができる。

 対して妹はクールで冷徹、所謂マドンナと呼ばれそうな佇まいだが、こういう局面では損する性格だと俺は思う。


(やっぱこの部活、入って正解だったわ)

 魁人は眞の友人で部員不足のため在籍だけでもしてくれないかと頼み込まれた。

 それで仕方なく入部したのだが・・・、



「いや~意外とさ、あーいう二人が上手くいくんだよなぁw」



 ピクピクッ



 青筋が立つ音に視界の端には震える文庫本。

 魁人は自分の色恋よりも他人の沙汰を観察し、茶々を入れるのが大好きだった。


「将来はあんな勝ち気な眞がしおらしくなっちゃってさ、実家に帰るのは年末年始だけに―――」

 そう言い掛けると横っ腹に鋭い一撃が入れられた。


「グエッ!」

「文芸部ではお静かに」

「すんません」プルプル


 そんな騒がしい部室の引き戸が開かれる。



「外まで聞こえてるよーって―――」


「「あ」」



 現れたのは文化部顧問の弓月智景ユミヅキチカゲであった。



「なっなっ―――!!!」



 智景は部室の片隅のあられもない姿になっている男女を認め卒倒しかける。


「なななななな!!!」


「げっ、チカゲちゃん」


 眞は見えかけのスカートの内側を気にすることもなく智景の方に向き直り、乱れたブラウスを整えた。



「何やってんのーーーーーー!!!」



 ♦♦♦♦


「いやさ、リクが恋愛小説のネタがどうしてもひりだせないらしくて、便秘気味?」


「そういうのはよくて!二人は今何しようとしてたんです!?」


「何って、ナニだけど」


「ふふっ」


 ギロリッ


 噴き出す魁人を睨みつける智景。


「それとこれ!!」


 彼女が突き出してきたのは一枚のA4紙だ。

 そこには『青春謳歌部』と雑な筆跡で書かれている。


「この紙はなんですか!?外に貼ってありましたが??」


「あーそれ、文芸部ってなーんか華やかじゃないイメージがあるから―――」


 眞は淡々と智景に事情を説明する。


「―――カイトに書かせて貼らせましたー」

「おいっ!!??俺のせいかよ??」


 不意打ちを喰らい困惑する魁人、そのやりとりを怪訝な顔で眺めている智景。


「はぁ、相変わらず自由な生徒達・・・」


 これ以上問答しても無駄だと判断したのか、ガックリと肩を下ろし部室内の凛久に視線を向ける。


「それでチカゲちゃんはなんでここに??」

「先生でしょ?わたしここの顧問!!」

「はぁ・・・旧校舎に用事があるから、ちょっと男子のどっちかに手伝ってもらおうかって―――」

 それを聞いた魁人はスッとそっぽを向く。


「俺は絶対行きませんからね。リック、先輩命令だ、智景先生にお供しなさい」

「なんで僕が!?」

 堪らず起き上がる凛久。

 その胸元はセクシーにも第二ボタンまで開けられていて、ネクタイはどこかに逃げてしまったようだ。


「部内で不純異性交遊しようとしてた罰!凛久くん手伝って!」

「ひえ~」



 キーンコーンカーンコーン



「ありゃ、もう5時か」

 ちょうどその時、夕刻の鐘が橙色に染まる校舎に鳴り響く。

 

「ほら急がないと!暗くなるから!」

「アタシはもう帰りますね~」

 文芸部の部長は悪びれも遠慮もせず帰宅宣言。


 続くように魁人も口を開く。

「俺もこの後デートなんで・・・愛しの美恋ちゃんと」

 その名を聞いて凛久の顔色が変わる。

 実は魁人が付き合っている鮫嶌美恋サメジマミレイは凛久が思いを寄せる女子だったのだ。


「はいはい、ほんっと自由気ままね」

「アイカはどうする?」

「私も姉さんと一緒に帰ります」

「そっか、じゃあリク、戸締りお願いしまーす」

「エレナもアキも来ないだろうし」

 その言葉がキッカケとなり部員達は帰り支度を始め、あっという間に騒がしかった部室内は静寂と入れ替わってしまった。


「荷物があるし、カバンは職員室に置いてもらってもいい?」

「大丈夫ですよ」

 身だしなみを整えた凛久は部室の鍵を閉め、皆と昇降口に向かう。


「なぁなぁ愛華ちゃん」

 魁人は連なって歩く部員達の最後尾、愛華の隣に忍び寄り、


「旧校舎で凛久と智景ちゃんが―――」


 ドン


「あいて」


 下らないちょっかいをかけた。


 ♦♦♦♦


「それじゃまた明日~」

 人影まばらな昇降口で別れを告げ、凛久は智景と共に職員室に向かう。


「ごめんね凛久くん、眞のこと」

「いや、全然気にしてないですよ」

 彼女のかわいがりは今に始まったことではない。

 それは歳を重ね肉体と精神が成長しても変わることはなかった。


 夕闇と交わり始めた西空の朱さが廊下の向こうにまで伸びている。

 今は五月下旬で、この黄昏ももう少し日付けを捲れば失われてしまうというのは寂しいことであった。

 そんな日々を予兆するかのように暑さも酷になる。

 湿気混じりのどんよりとした空気、梅雨と初夏の到来に気が滅入りそうだ。


「カバンは先生の椅子に置いておいて」

「はい」

 職員室のほとんどの人間は出払っているのか、部活の顧問でない教師が書類と睨み合いをしてるくらいで、この静けさが妙に頼りないと感じた。

 独特の珈琲の香りと煙草の脂の臭いが鼻先に波打ってくるが、自分の私物に染み付かないか心配。


「ん、弓月センセイ、どこか行かれるんですか??」

「ええ、旧校舎の方に―――」

 書類に目を落としていた教師は驚いたように顔を上げると、彼女を気に掛ける。


「今からですか?もしよければご一緒しましょうか?」

「大丈夫ですよ!ちょっとこれを置きに行くだけですし、男子生徒もいますので!」

「ふうん」

 教師は凛久の姿を鼈甲眼鏡のレンズ越しから覗く。

 どうしてこう、年老いた老齢教師の眼光は鋭く威圧的なのだろうか?


「まぁくれぐれも、気をつけてくださいね」

 彼は眼鏡のブリッヂを指で押し上げると、再び視線を落とした。

 そして縁起でもないことを呟く。



「あそこには、お化けがでるっていいますから」



 ♦♦♦♦


(・・・魁人先輩が嫌がったのはこれかぁ)


 耳にしたことがある、澄星海ソラミ高校の七不思議を。

 別段特別でもない、出処不明の怪談話だ。

 特に旧校舎はほとんど使われてない故、怖い噂が噂されていた。

 花子さんが住んでるだとか鳴らないはずのピアノが鳴るだとか風もないのに窓が揺れるだとかそんな程度。

 僕は正直、霊なんて非科学的な存在を信じていなかったので全く怖くなかった。


「ええ、用心します」


 しかし智景は違うようだ。


「殿前くん、早く行こ」

 僕達は重い紙の束が詰まった袋を持ち、職員室から出て旧校舎に向かった。

 長い廊下がこの時ばかりはどうしてか本当に長く感じ、二人の歩く速度も上がる。


「お化けなんて嘘っぱちよね」

 廊下突き当りを曲がり体育館に通じる渡り廊下に差し掛かった時、智景が強がった風に吐き捨てた。

桾沢キミザワ先生ってば、わたしがここの卒業生だって知ってるから意地悪言ったのよ」

「大丈夫ですよ先生、お化けなんて―――」

 すると突然、いつにも増して大きな突風が体育館と校舎の間、僕達がいる谷間を吹き抜けた。

 まるで眼前にポツンと佇む旧校舎に誘う、背中を後押しするかのように。


「日が暮れる前に急ぎましょ」

 いつもは弱い部分を見せない智景も焦っているようだ。

 僕はなんとなく嫌な予感を抱きながらも彼女についてゆく。



 今思えば、この時歩みをやめておけばよかったのかもしれない。



 でもあの恋という色欲の味を知ったら、戻ろうとは思わない。



 この日の出来事が僕の恋愛小説の筆を進めるキッカケとなったのだから。



 ♦♦♦♦


 今回はここまでです、読んでいただきありがとうございます。

 ほぼ毎日更新でやろうと思いますので、明日もお楽しみに。


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