第4話 夢で終わらせたくない
『ねぇ凛久くん、続きしようか?』
僕は旧校舎に立っている。
景色も空気も時間さえも張り付いたように動かないのに、彼女だけは鮮明に描かれている。
『ほら』
手の中に柔らかい、経験のない感触。
『んっ』
唇の隙間から舌が侵入してくる。
蛭のような蛞蝓のような艶々とした滑りが口腔を潤し、何も考えられなくするフェロモンが注ぎ込まれる。
それから舌同士を交尾させ、両手で双丘を揉みしだかせて、彼女は僕の秘所地を弄り始めた。
足元は見えないはずなのに心眼でも使ったのか、探り当ててくる。
ゆっくりとズボンのチャックが下されていき、下着越しに繊細な指使いが訪れた。
『ねぇ、きて?』
ベロの繋がりを引き剥がした彼女は背中を向けてきて、張り詰めた臀部に慎ましく被せてある黒のスカートをたくし上げる。
すると扇情的な黒タイツ越しの太ももと面妖な美尻が露になった。
僕の右手の所在は丹田の直下にあり、左手は終わりを求めるかのように彼女の丸みを帯びた臀部を愛おしく摩っている。
犬や猫を撫でるのと同じように。
彼女はスカートの留め具を外し黒タイツをずり下ろし、それを眺めながら僕もズボンを足首にまで下げた。
狂気のような興奮と心音はジョギングからフルマラソンの如く高まってゆき、あの息苦しさがやってくる。
しかしこれは心地の良いものだ、不安も焦燥もやってこない。
これから恋人でも親密な間柄でも何でもない、生徒と教師という関係の女性と、
セックスをする。
そう考えるだけで今迄築き上げていた硬派で気取ったプライドは鳴りを潜め、ドロッとした欲望だけが脳内の隅々にまで席巻し始めた。
『どうしたの?やり方分かる?』
思いとは裏腹に、体がうまく動かない。
というよりも、あの黒タイツの向こう側が見えない。
探り当てようとしても、ポッカリと穴が空いたように何も無い、だからどうしようも出来ない。
『君が主人公なんだから、わたしに挿れて?』
『難しい?そっか、経験ないもんね』
『それとも先生じゃ嫌?やっぱり美恋さんとがいいかな??』
『でも駄目だよ、あの子は魁人くんのものなんだから―――』
『君がこれから彼女と教室で会っても、二人きりで会話をしても、あの笑顔も体も』
『全部ぜーんぶ彼専用で、君は眺めてることしかできないんだよ?』
『先に唾だけでもつけておけばよかったのに』
『でも無理か、そんな度胸もないからカッコつけてたんだもんね』
『そのくせまだ魁人くんに嫉妬してるなんて、惨めだよね』
『ねぇ、君も彼みたいになりなよ―――それか、ツバサくんのように―――』
『そしたらきっと―――』
脳内に鳴り響く智景の声に苛まれ、まるで意識と肉体が剥離されたように遠ざかってゆく。
「あっ・・・」
そう、これは何もかもが夢だった。
恐れることなんて何もない、ただの夢。
凛久はズボンの内側の鉄芯を検めるが大丈夫、気に障るような状態ではない。
「なんだよ」
あんな夢を見るなんてどうかしてる、そういった意味で軽く悪態をつき、カーテンを開け窓を開放した。
「あっ・・・・・・・・おはよ」
ちょうど目の前に愛華がいた。
彼女は呆けたようにこちらを見つめたあと、顔や体を隠すように黒の長髪を持ってきて防御体勢をとった。
「おはよう」
膝立ちになり彼女に挨拶をする。
目を背けどことなく恥ずかしそうな気配に甚く興奮を覚えてしまったなんて変だ。
普段は異性ではない、身内のような気持を抱いていたはずなのに、こんなに可愛かっただろうか?
自分の恋愛感情、いやもっと俗物的な何かのフォルダが解放されすんなりとアクセス出来るようになり、過敏になっている気がする。
下腹部の反り返りを一瞥もせず平静を装い愛華と話す凛久。
「今日から梅雨入りだって、昨日テレビでやってた」
「嫌よね、早く終わればいいのに」
「夏もそんな得意じゃないでしょ?」
「まあそうだけどさ、梅雨よりはマシでしょ―――」
「そういえば昨日、あれから大丈夫だった?」
「旧校舎のこと?うん、平気だったよ」
「お化けとか出なかった!?」
「出ないって、愛華って幽霊とか信じてたっけ?」
まだ朝焼けが空を支配している青空の下、僕と彼女は他愛もない話をする。
でもきっと、彼女は気づいていなかっただろう。
僕がどんな期待を抱き、恥ずかしいぐらいドキドキしながら話していたのを。
♦♦♦♦
「おはよ、母さん父さん」
「ん」
「おはよ、よく眠れた?」
「?、うん」
「そう、なんだか魘されてたみたいだから」
「・・・いや、平気」
「そう」
「ねぇ母さん」
朝食が並べられた食卓に着き、焼きたてのトーストに手を伸ばしながら神妙な面持ちであのことを尋ねる凛久。
「
対面の母は伏せた目をピクリとも動かさず、ジャム塗れのトーストを齧り続けている。
斜め横の父は興味なさげに、けれど耳だけはこちらに向けるようテレビを眺めていた。
母はコーヒーを口につけ一息置いたあと、静かに答える。
「出るわけないじゃない」
ポツリと、簡潔に。
「そっか」
「行ったりしたの?あそこって閉鎖されてるでしょ」
「いや別に、ただ噂話とか聞くから」
「噂は噂よ」
別に何か隠すような素振りを見せるわけでもなく「早く食べなさい」と言われこの会話は打ち切られてしまった。
♦♦♦♦
「おはよーリク」
玄関先で姫宮姉妹と鉢合わせる。
「おはよぅ眞姉、愛華」
「うん」
先刻とは違い目も合わせない他人行儀な愛華。
眞は直ぐ凛久の隣に陣取る。
「宿題の方は進んでるかにゃ~??」
長身でスタイルの良い彼女はブレザーを外回り中の会社員のように背中から垂れ下げて、目に毒な胸の塊を突出させている。
一体どれほどの男子が彼女をオカズにして自分の手の内に入らないかと妄想したのだろうか?
「ううん、あんまり」
「そうでしょそうでしょ!やっぱり何事にも実体験は必要だからねぇ」
「私はそんなこと、ないと思うけど」
愛華が割って入る。
「眞姉は昨日あんなこと言ってたけど、そういう経験はあるの?」
「へぇ!?」
予想外だったのか妹に向けていた視線をこちらに戻す。
普段は僕からそういう話をしないし、触れることもないからとても驚愕した様子。
「いや~アタシは~」
「姉さんはいっぱい、告白されてるから」
「アイカっ!!」
すんと澄ました顔で姉の交友録を暴露する妹。
「そうなんだ、全然気が付かなかった」
「しかもその割に、彼氏いないんだもんね」
「アンタだってそうでしょうが!!」
自分が標的にされた時ムキになるのは相変わらず。
性格的に眞の方が子供っぽく落ち着かなくて、愛華の方が比較的冷静な精神の持ち主だ。
「なんで彼氏つくらないの?」
「それは」
照れ臭そうに赤面、愛華は姉の態度に対し複雑そうな面持ち。
「気になってる人は、一応・・・ネ?」
わざとらしく爪先で頬を掻く仕草、彼女の言葉にキュンと胸の奥が攣る。
「その人とは両想いじゃないの?眞姉から気持ちを確かめてみれば?」
「おいおい今日は攻め込んでくるねぇ」
「あっ、ごめん」
「いいよ別に!たださ、やっぱり難しいことってあるんだよ!!」
カバンの重さを感じながらグンと手を突き上げる眞。
その視線は空の彼方に向けられる。
「関係を壊したくないだとか、自分のやってきたことが無駄になるんじゃないかとか」
「あとはまぁ・・・真実に向き合いたくないっていうのが一番・・・あるよね」
らしくないというか、いつも元気にニコニコしてたこの人がこんな消極的になるとちょっと不安だ。
「ふーん、叶うといいね」
「あっ、それなら眞姉みたいなキャラを創って、ハッピーエンドにさせようかな」
「絶っっっっっっ対しないでね?」
笑顔の裏と言葉尻に静かな怒りが込められていて、更にヘッドロックをキメられる。
眞の腕の輪の中に頭が挟みこまれ悶絶するが、昨日とは違った感想を抱いた。
今はハッキリと、余計なものまで見えてしまう。
それは思春期の男子なら誰にでも備わっているもので、僕にもやっと芽生えたもの。
「ぐる”じ」
「ほれほれ~これがいいんじゃろ~?」
「ちょっと眞!」
愛華も往来のど真ん中でこんなことをするとは思ってなかったらしく本気で止めにきているようだ。
道行く人も横目で仲の良い三人を覗いている。
「とりあえず」
「ぷはっ!」
「小説の方は自由にやりなよ、期待してるから」バンッ!
今度は背中に衝撃が走った。
「あっでもカイトは参考にしちゃ駄目だからね~」
「えー折角いい話聞けそうなのに」
「アイツはいいヤツだけど、碌なヤツじゃないから、合う子とよろしくやってればいいの!もちろん嫌いだとか悪口の類じゃないからね!?」
「分かってるって」
「あのさっ!!」
僕と眞が話してる時、珍しく愛華が声を荒げる。
「もしよかったら、私が協力してあげようか?」
眞の陰から紡ぎ出された決意の言葉。
内気な彼女が初めて表した想い人へ贈る提案。
いつもと同じ通学路に、
いつまでも同じでいたくない少女の夢が一つ、打ち上げられた。
♦♦♦♦
今回はここまでです、読んでいただきありがとうございます。
ほぼ毎日更新でやろうと思いますので、明日もお楽しみに。
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作者Twitter https://twitter.com/S4EK1HARU
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