Slipshod Job

 斯くしてあの忌々しい姉からついに解放された僕ですが、その後、どうしたと思いますか?

 ……新しい女を作って羽目を外しまくった? ハハハ、それだったらどんなに良かったでしょうね。


 僕はね、あれ以来スッカリ腑抜けてしまったのです。


 ついに僕は僕としての完全な一個体になったと思ったのに、どこかポッカリと失ったような、何やら不完全な、そんな気分がどうしても拭えません。

 退院してからは日がな一日個室コンパートメントでボウっとしておりました。

 何もする気が起きず、たまに思い立ったように掃除機なんかをかけていました……そんなの人間がやることじゃあないのに。

 モニターはつけっぱなしで、適当なチャンネルを流していましたが、何んにも感じません。

 ステキだなと感じたり、ヒドイ話だと憤ったり、そういう気持ちは一切湧いてきません。

 とにかく退屈で、でも何かをしようという気にはならなくて。

 終いには、今日が何年何月何日の何曜日なのか、夏なのか冬なのかさえ判然としなくなりました。


 ネエ、これってどういうことなのでしょう?

 僕の本質は、あの姉にあったとでも言うのですか?

 いえ……それでも僕と姉は、全く別の人格であったと断言できます。僕は姉ではなかったと。

 それよりももっとオソロシイのは……僕という人間の存在意義アイデンティティが、だったんじゃないか、ということです。

 もしもそうだったなら、僕のこの存在は、姉の存在を前提としている……姉が存在しなくなれば、僕もまた存在できない。

 結局、僕は姉の支配から自由になることはできないのでしょうか?


 姉を失った僕は、廃人でした。

 空ッポの僕の中を灰色の煙が満たします。

 そのニオイで、あのときの、姉を殺したときの激情がほんの少しだけ蘇って、かろうじて僕は生きていられたのです。

 ……彼女のことは、そういえば思い出しませんでした。吐き出した煙越しに見るかのように、記憶の中の彼女の顔にはモヤがかかっていて……どんな顔でどんな声で、どんなカラダをしていたか、思い出せなくって……。

 彼女にあんなに惚れ込んでいたはずだったのに、その気持ちも思い出せないんです。

 好きという気持ちが、僕にはわからなくなっていました。

 何んにもわからないのです。


 僕には、何んにも……。

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