Poltergeist

『僕は昨夜、キンチョウで良く眠れませんでした。昼間、彼女に言われたことが脳ミソにこびり付いて離れず、それを噛み締める度に頬が緩み、こんなウカレタ気分になったのは随分と久しぶり……いえ、生まれてこの方初めてかもしれません。

 彼女、僕と一緒になりたいと言ったのです。こんな僕とです。あの手術以来、抜け殻のようになって、生きる目的を見失っていたこの僕にです。

 彼女には姉のことも、何もかも話しました。狂人の妄想だと、わらわれるか気味悪がられるかと思いましたが、彼女は微笑んで僕の話を聞いてくれました。その笑顔の美しいこと! 彼女とは、なぜか初めて会ったように思えません。ズット昔から互いを知っているような、不思議な安心感がありました。口にするのは気恥ずかしいですが、僕らは運命の恋人なのだと、そう確信しています。

 僕はこの歳まで、女性としとねを共にしたことがありません。以前、良い雰囲気になった女性は居たのですが、僕のモノが役に立たなくて……そう、姉の所為です。それが僕と姉の決別のキッカケでした。

 姉が消えた今、僕は男として初めて、愛する女性と一つになることができるのです。

 彼女は、僕との子供が欲しいとまで言ってくれました。僕自身、親を知らずに育っていますし、これまでは姉のことばかりが気がかりで、自分が子供を持つなんて想像もしたことがありませんでした。

 ですが、今は彼女との子供が欲しい、と思っています。

 今日、僕は彼女にプロポーズします。そして彼女と結ばれるのです。

 僕はこう見えて古風なところがある男ですから、プロポースは男からでないと示しがつかないと思っています。

 だからこうして花束を携えて、頻繁に手鏡を覗き込んでは前髪を整え整え電車に揺られて来たのです。

 駅から彼女の家に向かう道すがら、足が勝手にステップを踏みそうになるのをグッと堪えました。努めてスマートに、サッソウと歩くことを意識しましたが、表情だけは緩んでいたかもしれません。

 そうして今、僕は彼女の部屋の扉の前に辿り着きました。

 心臓がバクバクと高鳴り、頬がカッカと紅潮しているのがわかります。

 僕はまたも手鏡を取り出し、ニッコリと微笑んでみます。力みすぎて最初は不自然でしたが、ようやく形になってきました。

 意を決し、僕は呼び鈴チャイムを鳴らしました。すぐにガチャリ、と鍵を開ける音がします。

 顔を出した彼女は咲き誇った大輪の薔薇のようにかぐわしい笑みを湛えていて、せっかく練習した僕の微笑など霞んでしまいました。

 彼女は僕の手を取り、部屋へと招き入れます。

 その手のひいやりとした心地よさに気を取られて、僕は結局気づけず仕舞いでした。


 彼女の微笑みが、かつて鏡の中にいた姉と瓜二つであることに』

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