Doppelgänger

 サテ、そうして生まれた僕には、母親だけでなく、父親も居りませんでした。

 まあ、僕の生まれる随分前から精子の売買はアタリマエになっておりましたから、片親のないことくらい、どこにでもある話です。

 それに、親があろうとなかろうと、七つ迄はみんなあの施設で育つでしょう? 僕も御多分に漏れず、地区の養育施設で育ちました。清潔な環境、均質な管理。昔はそれが無かったってんだからゾッとします。僕のような親無しの子供はどんなヒドイ生活を強いられていたんでしょうね。


 ソウソウ、鏡像段階、という言葉をご存知ですか?

 大昔にナントカいうフランス人が考えた言葉だそうなのですが、要は、赤ん坊は鏡を見ることで自分のカラダを一個の塊として、そしてそれを自分自身として認識できるようになる、とか……詳しいことは僕もわかりませんが、まあ概ねそんなところだと理解しています。

 僕は、鏡に映らなかったのです。

 ヴァンパイアじゃありませんよ。幽霊や狐狸妖怪の類でもありません。ハハ。

 物心ついたときから、僕が覗き込んだ鏡に映るのは、姉だったのです。

 僕が殺した姉です。喰い殺しでもしなければ、僕は助からなかったであろうあの苛烈な姉です。

 もちろん、姉の顔など知りません、生まれていれば双子ですから、僕に似た顔だったかもしれません。

 しかし、鏡の中にいるのは僕ではない。僕自身がそう言うのだから間違いないでしょう?

 キット姉は、僕に取り憑いていたんです。

 鏡の中の姉はイヤラシク笑ってこう言いました。


 ……お前を愛している……


 と……。

 今更、何を言うのでしょう。生まれる前にはあれだけ僕のことを責め、罵っておきながら。

 しかしその舌の根も乾かぬうちに、


 ……お前が大嫌いだ……


 とも言います。

 そして、最後には必ずこう言うのです。


 ……わたしはここにズットいるからね……


 そうすると、腹が、臍の下のあたりが石でも入っているかのようにズッシリと重くなって、ああ、彼女はここに、僕の中に居坐っているのだと思い知らされるのです。

 あの時喰った姉の身体が、魂が、僕の腹の中で煮凝りのように固まって、そこにベトリと貼り付いてしまったのだと。


 だから子供の頃は、鏡が怖かったのです。施設でも鏡を嫌がるので、随分養育士にメイワクをかけましたよ。歯磨きの度にワザワザ人間の養育士が駆り出されるのなんて僕くらいだったな。

 尤も、今では普通に見られます。ホラ見てください、こんな手鏡まで持ち歩いている始末です。身だしなみには気を遣っているので居るのでね……。

 今も姉の顔が映っているかって? これはもちろん僕の顔ですよ。自分の顔が見られなけりゃ、身だしなみも何もありませんからね。ハハハハ……。

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