KSK

ナツメ

Religion

 アナタ、人を喰らったことはありますか。

 僕はあります。

 といっても、それは産まれる前のことなのです。

 母のはらの中にいた頃の記憶が僕にはあるのです。


 あのヌルヌルとアタタカイ子宮の中で、僕と、僕の姉になるはずだったひとはギュウギュウと肩を寄せ合っていました。

 いえ、肩を寄せ合う、なんて仲睦ましげな表現はあのひとと僕の関係には相応しくないでしょう。

 母の膨らんだ胎の中は、僕らと、羊水と、そして姉の罵声で満たされていたのですから。

 まだ生まれてもいない僕に対して、彼女はなにか恨みでもあるかのように、ソレハモウ辛く当たるのです。

 明らかに、彼女は僕を支配しようとしていました。


 ……全部お前の所為だ……

 ……お前がわたしを二度も殺したんだ……

 ……お前さえいなければ妾は生きられたんだ……

 ……妾を憎むな、お前が悪いのだから……

 ……サア覚悟を決めろ……


 僕の未熟な脳ミソは四六時中彼女のヒステリックな声……或いは意思……で埋め尽くされ、このままではイヨイヨ気がれてしまう、生まれるより先に僕は彼女に殺されてしまう、と、生物いきものとしての本能でそう直感しました。


 だから僕は、あのひとを喰らったのです。


 それは僕にできる唯一の反撃でした。

 彼女に恨みなどありません、ただ僕はガムシャラに、ただ生き残るために、姉となるそのひとを喰らいました。


 その直後、僕は世界にり出されました。僕らを身籠っていた母の容態が急変したのです。胎の中で僕が姉を喰ってしまったからでしょうか。

 緊急帝王切開での母体の死亡率は限りなく低くなって久しいと聞いていますが、不運なことに、僕の母は腹を切り裂かれ、赤ん坊の僕を取り上げられて、そのまま息を引き取りました。


 姉と母親、二人の女を殺して、僕はようやっとこの命を手にしたというわけです。


 ……トコロデ、なにか甘いものをお持ちで?

 ドロップでもチョコレートでもなんでも良いのですが……ああドウモ。

 いやね、幼い頃から僕は甘いものに目がなくって。というより、何か甘いものを口にしていないと、喉の奥からイヤな臭いがせり上がってくるんですよ。

 えたような……それでいて妙にフレッシュな……血の腐ったような臭いとでもいうのでしょうか。

 もしかして、それは姉を喰ったときの、その味の記憶なんじゃあないか、なアんて……ハハハ、冗談ですよ。鼻がバカになっているのかもしれないな、僕は病院嫌いなのですが、イヨイヨ堪忍して耳鼻科にかかりに行かなければならないですかね、アハアハアハ…………。

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