Camouflage
チョット一服、よろしいですか……僕の悪癖でして。今ドキこんなもの吸うなんて、とんだ物好きとお思いでしょう。
自分でも悪趣味だとは思うのです。味も悪いですしね。でもこれは、僕にとっての勝利の味なんです。
そういえば、先ほど言いましたよね、鏡にはもう姉は映らないって。
鏡の中から姉が消えたことと、僕のこの悪徳には密接な繋がりがあるのですよ。
あのフランス人の言ったことは間違っていると僕は思いますね。鏡に自分が映らなくたって、僕は僕自身を
最初のうちはそのことに恐怖していましたが、やがてそれは苛立ちめいた感情に変わります。だって、ズウズウしいとは思いませんか。
姉への憎しみがハッキリと形になったのは、僕が初恋をしたときでした。
相手は年上の女性です。そうです、この煙草は彼女が吸っていたものです。ハスッパな女で、でもそれが僕にはどうしようもなく好かったのです。
少し影のある、病んだようなところのある女性でした。いつも酒臭くて、「何処かに行きたい」が口癖でした。ある時なんか、僕にしなだれかかって「知り合いがみんな死んじまったくらいの遠い未来に二人で逃げよう」と言うのです。ええ、あの不正時間旅行で国内初の逮捕者が出たと話題になっていた、ちょうどあのニュースを見ていたんです。
今思えば不粋極まりないのですが、若い僕は真面目腐って、「そんなお金はすぐには用意できないよ」だとかなんとか……お恥ずかしい。マア、彼女ももちろん本気ではないのです。
難のある女ではありましたが、僕は彼女に惚れ込んでいました。切れ長の目と冷淡そうに薄い唇が何とも色ッポクて、当然、僕は彼女と結ばれたいと願いました。
しかし、それを姉が邪魔したのです。
彼女の青いほどに白い肌を前にして、僕のモノはチットモ役に立たなくなってしまいました。僕の意思、感情と、僕の身体が乖離しているのです。
それは、腹の底にいる姉のせいだと思いました。
カーテンの無い彼女の部屋で、咄嗟に黒々とした窓ガラスを見ると、そこに映った姉は何も言わずに、ただニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていました。
この時、僕は生まれてはじめて……いや、生まれる前から数えてもはじめて……明確に姉のことを憎い、と思いました。
それからどうしたかって?
……僕は姉を殺しました。
これで二度目です。あの女を手にかけるのは。
自分の部屋に戻り……僕の部屋には鏡がありませんでした……そして僕は、自分の腹を殴りつけました。何度も、何度も何度も。
ここにこびり付いてる姉だったものを、身体の中から出さなければならない。でなければ、母の胎の中で姉を喰ってまで生き残った意味がない。結局また姉に支配されるだけの人生なんて、マッピラ御免ですからね。
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