Absurd Fear
「起きたかい」
トツゼンに声がして、
間仕切りのカーテンにユラリと人影が映る。他に患者などいないのにワザワザ引いているのが、声の主の奇妙な几帳面さを表しているようだった。
「開けても?」
「どうぞ、センセイ」
シャッ、と軽快な音とともに現れた男は、やたらに青白く、それなのに表情だけはイキイキとした笑顔を見せている。
「傷の経過を見せてもらうよ」
そう言いながら妾の入院着の前をはだけさせ、腹と乳房に走る赤い痕を
「ウン、問題ないね」
当のセンセイはあっけらかんとしているのだから、悩むのもバカらしいのだが。
「再建した子宮もシッカリ機能してるからね、生理もくるよ」
やっぱり僕って天才だな、と鼻歌のように言うこのセンセイは、無免許の闇医者だ。だが、その腕が確かなことは僕をここにつれてきた妾自身がよく知っていた。
「あ、そうだ、切り取った陰茎は要る?」
まるで「お茶でも飲む?」というような気軽さだったから、何を言われたのか理解するのにやや時間がかかった。
「……そんなもの要らない」
「そうかい? キミは彼のことが大好きみたいだから、阿部定みたく欲しいのかと思ったよ」
……妾が? ……あの男のことを?
「だってそうじゃアないか。僕に手術を依頼したキミも、手術して目覚めたあとのキミも、寝ても覚めても彼のことばっかり。それにキミがこれからしようとしていることだって……僕は余りぞっとしないね」
「センセイに理解してもらいたいなんて思っても居ないわ」
「ああそうかい。でもね、愛と憎しみは紙一重だよ。現にキミは彼への執着からカラダを
「最後のはセンセイが言えたこと?」
「ハハ、仰るとおり! ……兎に角、キミの人生は彼への執着に支配されているわけだ。尤も、キミの場合は彼への執着がイクォール自分自身への執着でもあるわけだから、さながらギリシアのナルキッソスだな」
バネじかけのようにベラベラとよく回る口だ。このセンセイは腕は良いがこういったところに難がある。相手の気持ちなどお構いなしに思ったことを口から垂れ流してしまうらしい。
「センセイ、もう充分かしら」
「オット、これは失敬。じゃあキミの陰茎はサンプルとして使わせてもらうよ」
再びシャッという音がして、ユラユラと遠ざかっていく人影に対し、妾のじゃないわよ、と吐き捨てた。
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