第8話 『参る、鉄火之妖狐』

―――義賊―――


 それは、己の利益のために他者を利用する悪を打ち砕き、多くの民を救わんとする正義の無法者達の事である。

 廃村を拠点に悪事を行う盗賊集団と戦っている者たちも義賊である。彼らは様々な経緯ではぐれ忍者となった者たちで構成された義賊『豪恤忍者衆』と名乗り、そう呼ばれている。

 今回の目的は敵である盗賊たちを壊滅させ、身売りの商品とされている女性と子供を救出すること。もし可能であれば、盗賊たちが集めた金目の物も奪い、貧しい人々への施しに充てようとも考えている。

 人質になっている人々を確実に助けるため、人命優先の今回の作戦は、隠密に特化した二人の忍びが裏の山から侵入し、戦闘に特化した三人の忍びが正面の洞窟から攻めて、隠密組が行動しやすいように派手に戦うという、至ってシンプルなものだった。

 その三人の忍びは今まさに盗賊たちと戦っていた。盗賊たちの数はおおよそ50、とかなり多い。だが、精鋭である忍び達は大勢を相手にしているのにも関わらず、優位な戦いを行っていた。


「ひ、ひぃぃぃぃ!噂には聞いていたが、手も足も出せねぇ!」


「怯むな!数はこっちが有利なん、ぐぁあっちちち!」


 汚い見た目の盗賊たちは数で対抗しようとするものの、一人の忍者が次々に投げ飛ばす花火玉の爆発で陣形を乱され、思う様に戦えず苦戦していた。

 花火は適当に投擲されているのではない。盗賊が連携を取ろうと密集し始めた箇所を優先的に狙って投げているのだ。

 飛び交う火花、轟く音に惑わされる盗賊たちは思う様に動けず、不利な戦いを強いられていた。しかし、盗賊達の中には距離を置いて、花火の猛威から逃れる者たちもいた。

 だが、それを許さない巨体が一つ。九尺程の長い六角金棒を自在に振り回し、盗賊を叩き吹き飛ばす大男がいた。


「はぁッ!」


 大男は掛け声と共に前に出る。20㎏以上はあると思われる超重量の巨大な棒状の鉄塊を、軽々と棒術の様に鮮やかに振り回し、悪を打ち滅ぼす。


 二人の盗賊が刀で防ぐが、その粗末な刀はいとも容易くへし折られ、勢い衰えない鉄の塊に殴打され吹き飛ぶ。


 一人の盗賊が六尺金棒よりもかなり長い槍を突き出すが、大男は巨体に似合わない俊敏さでそれをかわし、掴み引っ張り強引に盗賊を引き寄せる。体勢を崩しながら前のめりになる盗賊のみぞおちへと、大男は巨大な金棒で容赦なく突き攻撃を食らわせる。渾身の突きを受けた盗賊は宙を舞い、地に倒れ落ちたその場で蹲りながら気を失う。

 何とかしようと弓を持った二人の盗賊が大男を狙い、矢を放つ。二本の短刀を持った盗賊がそれに合わせて素早く動き、大男の懐を狙う。


「これならどうだ!」


 隙の無い大男へと、理想的な流れで接近する。矢を防いだとしても、その隙に短刀を持つ素早い盗賊が懐へと入り、大男を切り刻むことだろう。

 しかし、それは大男の想定内出なかった場合の話になるが―――


「甘いッ!甘いわ!」


 大男は六角鉄棒を握る両手を力強く捻り、そして引っ張る。すると、一本の長い金棒は三本に均等に分かれ、その分かれた部位は鎖で繋がれており、一本の金棒に関節が二カ所出来上がる。まるで三節棍という武器へと早変わりした様だが、その重さは通常の三節棍よりも超重量である。


 大男が三節金棒の中心をしっかり持ち、素早く回転させて向かって来る矢を叩き落す。


「な、なんだとぉ⁉」


 短刀を持った盗賊は懐に潜り込めそうだと思った直前に敗北を悟る。しかし、賽は投げられた。精一杯の戦いを打ち込もうと三節棍棒をかわし大男の喉元を狙う事を決意する。

 だが、その思いは虚しく破壊される。大男は体の後ろに隠れる様に構えていた三節金棒の端を、回転による遠心力を使って勢いを付け叩きつける。


「ぐがぁッ!」


 盗賊は身をよじってかわそうとするが、スピードの乗った一撃をかわすことは出来なかった。痙攣しながら気絶した仲間を目の前で見せつけられた弓を持つ盗賊達がたじろぐ。


「つ、強い!首切りの小川があっという間にやられちまった!」


「親方と同じくらい……いや、それ以上でけぇのになんて動きの速さだ……」


 戦いを見ていた他の盗賊達も怯んでいた。そういうしている間に、大男はくるりと体を横に回転させながら三節金棒を回し、先程とは逆の方へと金棒を捻り、元の一本の金棒へと変形させる。棒術による回転で発生する遠心力を活かしながら器用に、金棒の先端を地に転がる石ころに勢いよくぶち当てる。

 石ころは眼に見えない程のとんでもない速さ……まるで銃弾の様に飛び、矢を放ってきた盗賊の眉間へ命中する。


「へっ?」


 隣にいたもう一人の弓を持った盗賊が間抜けな声を出す。だがそれも仕方がない。飛び道具を持っていないであろう相手が、離れたところから離れ業で投石を行い、仲間を打ち崩していたのだから。


 盗賊が呆けてしまっている間も大男の得物は回転を止めない。そして次は目の前にある大岩に金棒を叩きつけ、容赦なく砕き吹き飛ばす。力任せに殴られた岩は無数の破片となり、まるで散弾銃の弾の様に打ち出されている。


 そして散弾の様に飛ぶ岩の破片が、まだ立っている方の弓を持った盗賊に襲い掛かり、複数に及ぶ痛恨の打撃を与え気を失わせる。


「次はどうしたぁ!」


 大男の猛攻は止まらない。即席の弾丸と渾身の鉄塊が次々と盗賊を成敗する。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「な、なんだあの笠を被った爺ぃ……動かねぇで気味がわりぃ……」


 特大の金棒を振るう大男とは反対の方角にて、正義を執行する者が一人、鳴り響く花火の音を置き去りにする様に静かに、凛と立っていた。


 その者は顔の上半分を浪人笠で隠し、打刀と脇差を腰に携え、裃という引き締まった袴と、忍者ご用達のたっつき袴を身に纏った男性だ。見えている顔の下半分には皴があり、老人であるのが分る。しかし、腰は曲がっておらず。周りにはすでに五人ほどの盗賊が気を失って倒れている。


「どうした?腑抜け共よ、相手はたった一人なのじゃぞ?存分に打って来んか」


 明らかな挑発、敵に囲まれている状況であるのにも関わらず、なんと余裕な態度なのだろう。その老人の顔は全て見えないので表情は分かりにくい。しかし、口元は悪を許さない正義の怒りに満ちていたのだけは盗賊達に伝わった。


「く、クソ爺ぃ!」


「待て!あんな挑発に乗るな!構えていないがあれは間違いなく居合の達人だ!近寄ってはいかんぞ!」


 そう、ついさっきの事である。倒れている五人の盗賊達は束になって老人に斬りかかった。しかし、一瞬で彼らはその場に崩れ落ち、取り囲まれていたはずの老人が何事もなかったかのように立っていたのだ。


「野郎ども!奴を取り囲んだまま弓を放て!矢筒が空になるまで続けるぞ!」


 一人の盗賊が大声で周りの仲間に提案する。仲間の盗賊全員が頷き、お互いが射線に入らない様に老人を取り囲む。

 剣術の達人であれば矢を切り落とすことは出来るだろう。しかし、一方の矢を防いだとしても、左右背後からの一斉攻撃は防ぎきれない。例えこの老人が全ての矢を防ぎ切ったとしても、盗賊達は次々に矢の雨を降らす事だろう。正しく、絶望的な状況。それでも老人は動かない。


「へっへっへっへ、全員矢はたっぷり持ってるぜぇ?」


「覚悟しろ爺ィ……」


 老人を取り囲んだ盗賊は十人、それぞれが持ち場に付いたら弓を構え始める。弓の弦をキリキリと音を立てながら矢を老人に向け、狙いを精確に定める。


「ふぅむ、なんと浅はか……愚の骨頂……」


 依然、老人は何もしない。今まさに矢の雨を浴びるというのに何も行動しない。しかし、その佇まいには余裕しか感じられない。

 そして、老人の様子を気にも留めなかった盗賊の一人が、一斉射撃の合図を出す。


「よぉし!やっちまえぇ!」


 遂に四方八方から十本の矢が放たれ、老人に狙って飛ぶ。全ての矢が狙いを外さずに飛んでいる。恐らく、廃村の一角に作られた訓練場でかなり練習していたのだろう。しかもこの矢には無色透明の神経毒が塗られており、かすっただけでも体が痺れてしまうだろう。


 回避不能、絶体絶命、老人は串刺しにされて絶命してしまうことだろう。例え剣の達人でもこれは防げない。盗賊達が動かない不気味な老人を相手にどことなく不安を抱えながら行動していたが今確信した。勝ったと……だが―――


「研鑽の日々をもってすれば、この一瞬も長く……感じる物じゃ……」


 老人が打刀へ手を掛け構えの態勢に入る。遂に動き出した。

 すぐに眼を瞑り、独特の呼吸法を行う。


「こぉー……ふっ!」


 眼を開く、老人の目の前にある矢は……なんと、空中でそのまま止まっていた。

 否、よく見れば矢は動いている。しかし、それはとてもゆっくりな動きをしており、払いのけることが出来る程に遅い。

 そう、これはゾーン状態、精神が超集中している状態である。恐ろしい程の集中力を一瞬だけ発揮することで、五感を研ぎ澄ませ、自身のパフォーマンス力を最大限まで高める。これを意図的に行うのは一種の高等技術である。

 しかし、いくらゾーン状態と言ってもこの老人の五感はずば抜けている。おおよそ、秒速40mで飛ぶ矢が止まって見えるのはあまりにもおかしい。だが、それだけこの老人が異常なまでにすごいのだろう。それだけではない、この止まった空間で老人は次の行動に出る。


「ふっ!」


 息を吐くと同時に抜刀、恐らく音速をも超える程の速さ。

 老人は飛んでくる矢に狙いを定めて剣技を振るう。それはまさしく神速、正面はもちろん、左右だけでなく、背面からの矢も全て刀一本で受け流したのだ。そう、刀の刃で切り落としたのではなく、刀の『地』という部位で全ての矢を受け流したのだ。


「ふぅーーー……」


 止まった時の中で老人が長く息を吐きながら、刀を鞘へと納刀する。

 刀が鞘に収まり、カチンッと音を立てたと同時に、老人の世界は元の速度を取り戻す。そして―――


「ぐあああ!いでぇぇぇ!」


「うぐぅ……い、いったい何が起こったんだ⁉」


 老人はあの一瞬で、飛んでいる十本の矢の角度を絶妙な力加減で調節し、お互いの射線上に立たない様に気を付けていた盗賊達全員に矢が飛ぶように向かわせたのだ。


「うぅぅ……そうか、俺達が放った矢を弾いて全員に当てやがったんだ……」


「う、嘘だろぉ……?ああ、こんなのを相手にしてたなんて……」


 まさしく神業。致命傷ではないが、自分たちで用意した毒に侵されている盗賊達は戦意喪失していた。


「矢一本刺さった程度でこの程度、やはり腑抜けだったようじゃな」


 老人が捨て台詞を吐いてその場から立ち去ろうとする。しかし、今の言葉が耳に入った盗賊の一人がいた。


(クソ爺が!余裕こいて俺達をバカにしやがって!)


 盗賊達が矢を放つときに作戦と合図をしていた盗賊だった。彼が老人に対して恨みを込めて睨みつけるが、その視線を向けられている老人は気にも留めていない様子だ。


「さて、お前たちの身柄は後で来るであろう岡っ引きが引き受けに来るじゃろうな……あとはその岡っ引きに任せて、ワシはあちらに加勢しに行くとしようかのぉ」


 顎をさすりながら狼狽えている盗賊達を背に、花火が炸裂する方角へと足を運び始める。


 怒りに満ちた盗賊の一人は、その後姿に逆上した思いをぶつけようと、痺れる体に鞭を打ち無理やり動かす。


「くそったれぇ……!」


 膝で何とか立ち、老人の背中に向けて再び弓矢を構える。


「はぁ……はぁ……し、死んじまえ!」


 体が痺れている時よりあまり弓を引き絞れていなかったが速度は十分、狙いもしっかり定められていた。

 老人の背中を一本の矢が撃ち抜く―――

 だが、盗賊は怒りのあまり何も考えていなかった。先程の神業を披露した老人がこの程度の攻撃に対処出来ないのかと。


「まったく、殺気が駄々洩れで狙いが丸分かり、だから腑抜けなのじゃ」


 次の瞬間、老人は腰の打刀を再び抜刀した。音を置き去りにする程の抜刀、横なぎに払われた刃は飛んできた矢を見事に真っ二つにしていた。だが、それだけではない。真っ二つにされた矢の残骸が瞬く間に吹き飛び、その直線状には歪んだ空間が真っすぐに勢いよく飛んだ。

 そして、その歪んだ空間は怒りに溺れた盗賊の顔面に直撃した。


「ぶへらぁ!」


 膝で立っていた盗賊は勢いよく倒れ、そのまま後頭部を地面に叩きつけられ、あっけなく気を失った。


「奥義・真空刃……何度も剣を振って身に付いた技じゃ、今回は特別に斬らぬように打ったのじゃから感謝せい」


 剣の鍛錬をどれほど積んで来たらここまでの技を会得出来るのだろうか。恐らくこの老人は才能だけでなく、老いてもなお重ねる努力があって、常人を超えた力を手にしたのだろう。

 老人は再び歩き出す。未だに花火が轟き続けるもう一つの戦場へ―――



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 花火玉とは通常、お祭りなどの催し物の際に観賞用として使用されるのが一般的である。使用方法は、火薬を入れた専用の筒に投入し、筒の火薬が爆発することで花火玉の導火線に着火させながら、空に打ち上げ破裂させ、綺麗な花火を皆で鑑賞し楽しむのが適切である。

 戦闘用ではないが、花火には火薬が使用されているので、十分な殺傷能力がある。取り扱いの際は注意しなくてはいけない。

 しかし、そんな花火を戦いにて使う者がいた。その者は今まさに、十数人の盗賊に囲まれるという不利な状況下でも、着火した花火玉を振り撒き、盗賊を翻弄する忍者がいた。


「おわっ!あぶねぇ!あの忍び何考えてやがる!」


「花火だからって油断するな!まともに喰らえば体が吹き飛んじまうぞ!」


「あの忍び、全然忍んでねぇぞ……」


 花火を多用している忍者が投げている花火玉の大きさは様々で、主に使用している大きさは、一番小さい企画の2.5号玉である。分かりやすく説明すると、直径7㎝程の大きさで、花火の開花範囲は直径約40ⅿだ。

 他にも、3号、4号といった大きさの企画も使用している。一番小さい2.5号玉よりも開花範囲が広く、そして高威力だ。


「くっそ!あの野郎!華奢な体で幾つの花火玉隠し持ってやがるんだ!」


 最初の花火の音からもうすでに百回近くの炸裂音が鳴っていた。忍者の姿は、大量の花火の光で正確に確認出来ないが、身長はそこまで大きい訳ではなさそうだ。いったいどこからそんな量の花火を取り出しているのだろうか。収納の為の袋や箱などはない。


 盗賊達は爆発が収まるまで耐えしのごうと考えていたが、その忍びの手元から花火が尽きる様子は全く見受けられない。


「もういい!俺が突っ込む!その隙に全員攻め込め!」


「後に続く!」「俺も行くぞ!」


 一人の盗賊が忍びの元へと走る。しびれを切らしての決行に他の盗賊二人も参加する。

 前を駆ける盗賊は手にした刀を強く握る。花火をまき散らす忍びの動きを止められれば良い。厄介な花火が止まれば袋叩きに出来る。

 その盗賊は脚の速さに自信があった。山賊になる前は飛脚と呼ばれる走る仕事をしていたからだ。飛脚をしていたころは、早く品物を届けてくれることで評判は良かったのだが、酒におぼれて仕事を疎かにしてから職を失い、盗賊へと身を堕としたのだった。


「へへ!導火線が燃え尽きなけりゃぁ爆発はしねぇ!」


 花火は導火線に火を付けて着火する。その導火線の火が花火の火薬へと辿り着かなければ爆発はしない。

 ならば、花火の爆風に巻き込まれる前に素早く近付けば良いのだ。遠くに投げつけてくる花火を掻い潜れば後は純粋な接近戦だ。三人の盗賊は仲間たちの反撃の機会を作るために奮闘する。

 忍びが放り続ける花火の爆風を盗賊達は見事に潜り抜ける。正確には、いくつか喰らっていたが、我慢して忍びへと接近した。

 先頭に立つ盗賊と、忍びとの距離はもう10m程。歯を食い縛り、握りしめた刀を上段の構えで掲げ、忍びに飛び掛かる。


「もらったぁ!」


 盗賊が自身の役目を果たせると確信した。対峙する忍びは花火を投げるのをやめ、帯刀していた打刀を素早く引き抜いた。

 花火の投擲は中断、鍔迫り合いになれば動きを止められる。盗賊は自分に続いてやってくる仲間の援護を期待した……だが、その時だ―――


「おうおうおう!盗賊の中にも粋の良い奴がいるもんだ!その覚悟嫌いじゃないぜ……でもな……」


 江戸っ子口調の忍びは不敵に笑う、それと同時に駆け寄ってきた盗賊と忍びを取り囲むように大きな爆発が起こる。


「なっ⁉」


 斬りかかろうとする最中だが盗賊は驚いてしまった。先程までの花火とは違い、爆発の威力が大きい。火花の量も違い、まるで溶けた鉄が噴出した様だった。後に続いてきた二人の盗賊も面食らっている。

 先程投げつけていた花火玉の中に時間差で爆発する高威力の花火を混ぜていたようだ。かわすのに夢中で気が付いてなかった盗賊達は勢いを殺せないまま忍びの元へと突っ込む。


「悪であるなら誰だろうが成敗ッ!おいらの鉄粉仕込みの特性花火で改心しな!心地の良い鉄火、篤とご覧あれ!」


 忍びが懐から導火線の無い花火玉を取り出す。そして忍びは盗賊と己の目の前に、その花火玉を勢いよく叩きつける。

 叩きつけられた花火玉は衝撃により爆発。勢いよく吹き出す大量の溶けた鉄粉が辺り一面を覆いつくす。もちろん、目の前で爆発させたので、盗賊だけでなく忍び自身も爆発に巻き込まれる。


「ぐがぁ⁉なんて奴だ!」


 目の前で高威力の花火を爆発させて自爆した忍び。勢いを殺せず突っ込む盗賊達も爆発に巻き込まれると同時に、自身の目の前で花火を爆発させるというありえない行動をとった忍びに対して困惑する。


「まだまだぁ!行くぜ焔一鉄ッ!」


 全てを包み込むように溶けた鉄粉が吹き荒れ忍びを包み込む。しかし、忍びは動じることなく掛け声を上げ、溶けた鉄粉を引き抜いていた打刀に浴びせる様に一振りする。

 飛んでくる鉄の炎を浴びた打刀は油でも塗っていたかのように燃え上がる。


「成敗ッ!」


 目の前で舞い上がる火の粉を切り裂くように一閃。切り裂かれた燃える鉄粉のその先に居た三人の盗賊は刀で燃える斬撃を受け止める。だが、細く力強い一点の太刀筋に込められた炎熱が盗賊達の刀を一気に焼き斬る。


「つ、強い……」


 斬撃の風圧で集められた鉄の炎が盗賊達を吹き飛ばし、吹き飛んだ火の粉の中から忍びの姿が露わになる。


「日ノ本に巣くう悪は数知れず、正義の忍者は東奔西走、天手古舞……」


 小さくもなく大きくもない中くらいの身長、橙色の浴衣を纏い、同じく橙色の布を巻いた被り物をしている。被り物からは軽く結んだ長い茶髪が出ていた。

 だが被り物から出ていたのは髪の毛だけではない。三角形の黄金色の耳がひょこひょこと出ていたのだ。


「この妖怪風情がッ!」


「死にさらせぇ!」


 妖怪と呼ばれた忍び。熱線で吹き飛ばし撃滅した盗賊以外の、刀を持った五人の盗賊が忍びを取り囲み斬り掛かる。

 しかし、窮地と思われるこの状況にも忍びは余裕の表情。その顔は人の物とは異なり、耳と同じ黄金色の毛皮に覆われ、尖った様に鼻が長く、口は裂けているかのように横に広い。それらは犬などの動物に見られる『マズル』と呼ばれる顔の部位そのものである。江戸っ子の性格とは裏腹に、ほっそりと艶めかしい顔のフォルム。忍者の顔はまさしく狐、二本足で立つ喋る狐である。


「今日もてめぇらの悪行打ち砕き、苦しむ人を笑顔にするは妖狐の忍び!」


 啖呵と共にその場で勢いよく横に回転、狐なだけあって大きな尻尾があり、回転と共に尻尾もくるりと回る。伸ばした左腕の袖の下から、回転の遠心力で大量の黒い粉が辺りに吹き飛ぶ。

 煙幕の様に舞い上がる黒粉にまみれて慌てふためく盗賊達、しかしそれだけでは終わらない。狐の忍者は回転した勢いを殺さずにそのままに更に回転、人とは違うしなやかな獣の足で軽々と、回りながら美しく、高く跳躍する。

 大人二人分くらいの高さまで飛び上がり、縦にくるりと回り体勢を一気に逆さにして頭を下に、脚を上にしたアクロバティックな動きを見せながら地面の方へと刀を振るう。その刀には宿した炎がまだ残っており、黒粉の煙幕へと炎を斬り飛ばす。そして、火炎の斬撃が黒粉に触れたその時だ―――


「うぎゃぁあああ!」


 盗賊達を包む黒い粉が炎の斬撃を受けたとたん、爆音と共に地面に巨大な火炎の花が咲く。黒い粉は火薬と鉄粉を混ぜた物だったようだ。

 盗賊は全員、爆発で吹き飛ばされる。舞い上がっていた狐の忍者は爆風で更に舞い上がり、どこからともなく取り出したとても大きい花火玉、四尺花火玉を空高くへと蹴り飛ばす。


「一斉成敗ッ、豪恤忍者の狐々丸でぃ!」


 蹴り打ち上げられた四尺花火が上空で爆発。

見事な花火で大輪の花を咲かせ、名乗り上げた妖狐の忍者『狐々丸』

特大花火は今や、対峙する悪を見事成敗した目立ちたがり屋の忍者を照らす彼専用の特大スポットライトとなっていた。


 悪と戦う三人の忍者を遠くから観戦する者たちが居た。

戦っている忍者たちは出来るだけ目立つように戦うのが狙いだった。救出する人々が逃げやすいように注意を引いていたのだ。もっとも、狐々丸という忍者はあまりにも目立ちすぎているのだが。

 今まさに観客になっている救出された人達は、元々貧しい生まれである。攫われたり、心無い親族に売られたりして盗賊に捕まっていたのだ。花火という物の存在は聴いたことはあるものの、実物を見るのは初めてだった。


「綺麗……」


「すんげぇ……」


 女性も子供も派手な演出に釘付けだ。目立つのが好きな妖狐の忍者の狙い通りとなったのだ。


「注目を浴びたいっていうあの子の考えも可愛いから好きだけど、忍者らしく隠密に特化して欲しかったなぁ……」


 救出された人達を一時保護しているくノ一の綾煉は、同じ忍者衆の仲間である狐々丸の忍者らしくない立ち回りを少し気にしている。だが、弱きを救い悪を打ち取る義賊であり、どの忍者の流派にも属さないはぐれ忍者の集まりである彼ら『豪恤忍者衆』の中では、派手な忍者がいたとしても何ら問題ない。

 先程の綾煉の言葉は、隠密行動が好きな彼女が気にかけている妖狐の忍者、狐々丸と行動を共にする機会が少ないのが少し不満というだけである。彼らの活動において何ら問題はない。

 全員が花火を眺めていた。まだ完全に夜は明けておらず。灯りとなるのは篝火と狐々丸の派手な花火だけであるからだ。


「お……お……!」


 しかも、戦っている忍者たちとの距離は最低でもおおよそ75ⅿ。間近で見ているわけではない。花火の光が無い時は、遠くの暗い空間で誰かがどのように戦っているのかは正確には分からない。


「おおっ!おおお!」


 しかし、一人だけ。観戦する者たちの中に一人だけ例外がいた。


「間違いない!!狐だ!お狐様だ!嘘ッ!?狐獣人!!着ぐるみとかじゃない!本物!?本物っぽい!!!」


 例外というのは他でもない、隠れることを忘れて身を乗り出し、空に舞って大輪の光を浴びる狐々丸を凝視していた狩野 知絵里の事である。


「わ!ちょっと!声は抑えて!」


「え……あ!ご、ごめんなさい……」


 大きい声を上げた知絵里に綾煉が制止する。花火の音が大きかったので、周りの盗賊には運よく聞こえなかった。だが、軽率であり【限界オタク】のような振舞いをしてしまった事を知絵里は反省する。


「自分でもこんなに取り乱すなんて……限界を迎えるなんて思ってもなかった……」


 知絵里はケモナーという特殊性癖の持ち主。ケモナーは獣人や竜人、動物のキャラクターを想い続け、愛でる者たちの事である。

 どれだけ想いを寄せているかはそのケモナーによるが、想いが強すぎるケモナーは苦痛の果てに立たされる。何故ならば、愛した種族が、愛した相手が、この世に存在しない幻想生物だからだ。


「次から気を付けなくちゃ……でも存在したんだ!狐獣人……!」


 どうしても顔がにやけてしまう。ついさっき、命を落としかけてボロボロ泣いていたのになんという気の代わり様だろうか。

 暗闇の中、花火をばらまいている忍者のシルエットが人の物でないのは、貪欲なケモナーの眼に引っ掛かっていたのでずっと観察していた。自信を持って言える。あの狐の忍者は着ぐるみを着ているわけでもなく、本物の狐獣人だと。

 知絵里は狐が好きだ。イヌ科の生物が一番好きだし、知絵里が考えて描いたオリジナルキャラクターの『ロロア』も狐獣人であるくらい狐が好きである。空想上の生物だけでなく、実際の狐もとても大好きである。以前、キツネ村という沢山の狐を飼育している夢のような施設に遊びに行った時はとても楽しかった。まさしく極楽浄土であったあの場所にもう一度、いや永住したいくらい狐が大好きなのである。


(うひひひひ……何とかしてお近づきになって……モフモフしたい!してみせるわ!)


「あのおねぇちゃん怖い……」


 顔がにやけすぎて子供に怖がられている。だが、今の知絵里は下心に飲まれすぎていて、子供にドン引きされていることに気が付かない。

 しかし、欲望の強いケモナーが念願の獣人に出会ったのだ。気持ちが昂るのは当然だ。下心丸出しの気持ち悪い表情にもなるだろう。

 なりふり構ってはいられない。最善を尽くして、あの狐獣人と友好的な関係を築かねば。

 ケモナーという性を背負う自分の夢を叶えたい。この想いを伝えたい。満たしたい、この欲望を。


「よーし……何とかしてモフらせてもらうぞ……この千載一遇、絶対逃さない!」

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