第6話 『悪人達の廃村』

 知絵里を攫った男、盆暗は知絵里を担いだまま洞窟を歩いていた。

 しばらく歩くと、篝火によって照らされている出口が見えるのだが、知絵里は後ろ向きに担がれた状態なので、洞窟を出た時に出口を認識した。


(ここは一体……?)


 洞窟を出た後も盆暗はそのまま歩き続けて行く。洞窟の周りには木々があったが、すぐに開けた場所に辿り着いた。そこにあったのは……


(なんで村が?見た目はさっきの村と同じく古風だけど大きい……それよりも、どうしてこんな山に囲まれて隠れたところにあるんだろう?)


 口を手ぬぐいで抑えられたままの知絵里は頭の中で疑問を抱く。丁度そう思ったと同時に、盆暗と呼ばれた男が答えを教えてくれる。


「ここは盗賊たちの塒だぁ、おらは……家の稼ぎが足りねぇんで、偶にここさ来るんだっぺ……」


 俯きながら男はそう答える。それを聴いた知絵里は納得が行かず、眉をひそめる。


(盗賊?今のご時世にも『盗賊』って居たの?それに、犯罪者の集まりで出来た村が存在するなんて……使っているものも古いし、窃盗集団も田舎になるとここまで古風になるものなのかなぁ?)


 先程から知絵里が目にするものは古風な物ばかりだ。誘拐された状態の今、他の事を考えなければいけないのだが、どうしても先程から引っ掛かる事が多々ある……もしかしてここは―――


「お嬢ちゃん、ほんとうに申し訳ねぇ……おら達が生きるためにはこうするしかねぇんだ……前まではそこまでひもじいわけじゃねがったんだぁ、おっとうと兄貴が病で死んでから人手が足りんなって、畑を守れなくなっちまったんだぁ……」


 涙を袖で拭い盆暗、犯罪に手を染めたのも不本意ではあったのだろう。少し同情する想いが脳裏をよぎるが、知絵里は首を横に振ってその考えを抑え込む。どんな相手であったとしても、自身に危害を加えているのだから変な気持ちを持ってはいけない。


「そうだよなぁ……悪いことしてんだから、許してはくれねぇよなぁ……」


 抱えられた状態なので首を振った時の動作が伝わったのか、盆暗は知絵里のしぐさをそう受け止める。

 そう言いながら歩き続けていた盆暗が立ち止まる。しかし、知絵里には前が見えない。


「中々のべっぴんさん連れて来ただ、見てけれ」


 担がれていた知絵里が地面に広げられていた茣蓙の上にそっと降ろされる。

 敷かれた茣蓙の前には洞窟の入り口にいた男たちと似たような風貌の男が立っており、すぐに知絵里の事をジロジロと見て品定めをする。


「お、盆暗の初獲物か、どれどれ……ほぉ、お前にしては随分と良い女子おなごを見つけてきたな……これは丁度良い、丁度良いぞ」


 その男は知絵里の脚を縛っている縄を短刀で切断する。やっと足の自由を取り戻すが、まだ逃げない方が良いだろう。相手は刃物を持っているし、手はまだ縛られているのでまだ不自由だ、このまま大人しくしておこう。


「盆暗にしては中々の働きだ、後で親方から褒美が出る様に便宜を図っておこう」


「へへぇ、ありがてぇだ、後はよろしくおねげぇしやすだ」


「それにしてもおめぇ、ずっと担いで持ってきたのか……まあ良い、待ち合い場の方で待っておれ、親方に見せてこよう」


 喜んではいるものの、知絵里を見てばつが悪そうにしている盆暗はそそくさとその場を後にする。知絵里はその後姿を睨む。だが睨んだところでどうにかなるわけではない。すぐに視線を目の前の男に向け直す。


「ふむ、叫びもしないか、物静かなのも良いな」


 男は新しい縄を用意しており、まだ縛られている知絵里の後ろ手に縄を通して連れ歩けるように拘束する。

 よし、歩けと言われた知絵里は言われた通りの方向へ歩く。男は手綱を握り、村の奥へと知絵里を連れて行く。

 村の奥には小さな山があり、そこには石造りの階段があった。見上げると古ぼけた寺が鎮座している。


「ほれ、登れ」


 男に催促されながら階段を上り寺へと向かう。寺の近くまで寄ると補修箇所が見受けられ、最低限ではあるが人によって手入れされているのが分った。恐らく誰かが住んでいるのだろう。

 知絵里を運ぶ男が荒れ寺の戸の前に立ち、中の人物に向けて声を掛ける。


「お頭ぁ!お休みのとこすんません、与助よすけが参りました」


 知絵里を拘束して連れていた男の名は与助と言うらしい。もしかしたら偽名かもしれないが……覚えておこう。

 お頭と呼んだからには、ここの寺には犯罪者集団のボスがいるのだろう。しばらくすると重みのある足音が聞こえてくる。


「合言葉を言え、山」


「川」


 低い男の声が戸の奥から聞こえる。それよりも気になるのは合言葉だ。こんな古い合言葉があるのだろうか。時代劇でしか聞いたことないようなやり取りを目の前で見せられて驚きを隠せない。


(もっとこう……なんて言うか……アナログ過ぎないだろうか?)


 与助と扉の向こうにいる男の声のやり取りに、知絵里は心の中でツッコミを入れた。それと同時に寺の戸が開かれ、お頭と呼ばれた男が姿を現した。


(す、すごい身長……)


 その男は上半身半裸で、与助よりも頭二つ分も大きく筋肉に覆われているかのように体格ががっしりとしていた。頭はスキンヘッド、左瞼から頬にかかるほどの刀傷があり、それにより左眼は閉じている。隻眼でいてとても強面だ。極めつけは体中に紫色の不気味な蜘蛛の模様の入れ墨をしているのがとても印象的だ。


「おう、与助、おめぇが来るって事は……その女だな?」


「へぇ、富川とみかわへの献上品に丁度良いかと……お目通しお願いしやす」


 犯罪者集団のボスの前に立たされる。今までの犯罪者たちとは違い、知絵里の体をジロジロと観察せず、知絵里の顔だけを見つめる。その顔はとても恐ろしく、プレッシャーがすさまじい。恐怖した知絵里の脚は小刻みに震えてしまっていた。


「うむ、整った顔つき、肌色も良い、中々美しい女子である……あの悪趣味クソ豚は肌の白い女子が好みだからな、奴も気に入る事だろう」


(うぇぇ……誰よその悪趣味な人って……その人の所に私売られそうになってるの……)


 悪趣味クソ豚と呼ばれる人物の元に連れて行かれる事実を聴かされ知絵里は絶望する。

 今すぐにでも走って逃げたいが、男二人相手に逃げきれる自信はないし、そもそも両手を縛られて引っ張られているのでそれは出来ない。

 知絵里が最悪の状況から脱するために色々考えるが、非情にも事はどんどん進んで行く。


「今回の運び出しのついでに品納め出来るのは丁度良い……しかし、この地域でよく色白の女を見つけれたな、誰が攫ってきた?」


「あの盆暗のやつが連れて来やした」


「なんと、あの役立たずがか?」


 与助からの意外な返答で犯罪集団のボスの強面も崩れるくらい驚くことだったようだ。

 自分を誘拐した相手ではあるが、どこでも盆暗と呼ばれてるのが少しだけ不憫に感じた。


「まあ良い、盆暗には褒美を用意しておこう……あやつの艱難も多少は和らぐだろう」


「可哀そうな奴でさぁ、悪豚の悪趣味娯楽で不幸にされているのに気が付いちゃいねぇ、嫌なもんに目を付けられるのは御免だなぁ」


 何を話しているのか良く分からないが、あの盆暗という男の家族は誰かによって貧しい生活を強いられ、苦労しているらしい。


(だけど私の事を騙したのは許さないんだから……)


 不幸は連鎖すると聞くが、悪行による不幸の連鎖が自分に牙を剥くのはたまったもんじゃない。聴こえた話の内容によると、私は誰かに売られるらしい。どうにかして逃げなければ取り返しのつかないことになる……。


「よし、善は急げだ、夜が明けたら他の女子供と共に運び出せ」


(ええ!!?)


 ついうっかり大きい声で言いそうになった。機を伺うつもりだったが予想が甘かった。もうすでに夜になってからかなり時間が経っている。

 よく考えれば人身売買について知絵里は何も知らない。でも日本でこんな犯罪行為を行っているのに慎重さは無いのだろうか?そんな大胆に行動していたら警察だけでなく、誰かに見られてしまうのではないだろうか……。


「分かりやした、支度までの間は牢に入れておきやす」


「熱心な岡っ引きが勘付いたと知らせがあったからな、急がねば面倒なことになる……それに……くっくっく……奴らも来るだろうからな」


 岡っ引き……ってなんだっけ?警察の人の事だったような?


「邪魔が無ければ今すぐにでもあの悪趣味の豚に送り付けるのだがな……それにしても、奴くれてやるのは実に惜しい程に整った顔だ……どれ……」


 強面の顔がニヤリと笑う。知絵里は嫌な予感がした。

 その予感はすぐさま的中する。犯罪集団のボスが両手を伸ばし、知絵里の首に手をかけてきたのだ。


「ひっ!やめて!」


 知絵里は首を絞められると思い、力を入れられるよりも先に振りほどく。


「何言ってるんですかお頭ぁ、あなたもかなりの悪趣味ですぜ」


「くっくっく……まあそうだな……本当にそうだなぁ……」


 いきなりの出来事に知絵里は恐怖した。あのまま手に力を入れられていたらどうなっていただろうか?冗談では済まない。他人の趣味で息が出来なくなり、殺されてしまうだなんて絶対にあってはならない。


「よし、俺も支度に入る、女を牢に連れて行け」


「へい、分かりやした……む?なに呆けてんだ、ほれ進め」


 与助に引っ張られ強制的に移動させられる。知絵里は与助の前を歩かされる。その後姿に向かって犯罪者のボスが声を掛ける。


「おっと、そうだった……与助ぇ!他の奴らにも伝えて置け!運び出しの前に奴らに攻め入れられたら引かずに戦えと!そして、『アレ』を使うとな!」


「分かりやしたぁ!全員に合図の事を伝えておきやす!」


 端的に話を終えたボスは再び寺の中へ入り、知絵里と与助は寺を後にする。


(『アレ』って何のことだろう……警察を相手に戦うならピストルとか……う、まさか銃撃戦⁉ど、どうしよう……助けが来るならとても嬉しいけど、流れ弾とか飛んで来たら……)


 最悪、人質という扱いになる可能性がある。他にも連れ去られてきた人がいるらしいが、状況によっては銃口を突き付けられる立場になるかもしれない。そうなった時は報道などでテレビに名前が出たりして、家族を心配させてしまうかもしれない。ただでさえ行方不明で心配させているのにこれ以上悪い事態になっては困る。

 何とかしてこの状況から脱したい。そう思うが、その“何とか”は思いつかない。

 考えても何も解決出来ず、精神的にも疲れが出始め、足取りが重くなる。


「急いでんだ、さっさと歩け」


(さっき首を絞められそうになったの怖かった……もうやだよぉ……首元がまだ触られているような感じがして気持ち悪い……)


 生還の為に考えを張り巡らせたいが、趣味で人を殺そうとするあの犯罪集団のボスに対する嫌悪感が首にまとわりついて何も考えられない。

 歩く速度が遅くなるが、与助に引っ張られる。知絵里はただただ事の流れに逆らえないまま寺の石階段を下るしかなかった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 知絵里と与助が立ち去った後、再び寺の中へ戻る強面の男。犯罪組織のボスである彼の名は「悪蜘蛛うぐも」という。

 悪蜘蛛は部屋の奥へと移動する。悪蜘蛛が塒にしているここは、寺の仏像が置かれていた本堂だ。しかし、ここは大昔の戦国時代に戦で全滅した僧兵達が拠点にしていた場所。誰も管理せずに長い時間が経っており、床には所々穴が開いているし、隙間風も入ってくるので快適な場所とは言えないが、悪蜘蛛は気にしていない様子だった。

 これから悪蜘蛛は攫ってきた女や子供達を他の犯罪者……その筋の者達へ引き渡し、自分たちは別のアジトへ移動するための運搬作業をしなくてはいけない。

 しかもその運搬の際、或いは今すぐにでも邪魔が入るかもしれないのだ。急ぎ戦いの支度をする必要がある。

 先程、与助との会話にあった“商品”を運ぶ際に邪魔が入るという情報は、信頼出来る男から手に入れている。


「全く、優れた者でありながらいい加減……だが、金を握らせた奴の口から出る言葉は真であるからな……口を濁すことはある故、扱いにくいのが面倒ではある」


 信頼出来るといっても、その者は自由気ままな人間で、度々賭け事で借金を作っては自分の立場を悪用し、情報や物資をバレない様に横流しをしたりしている自堕落した男だ。それなりの職に付いているくせに、何とも情けないやつである。

 実は数十分前くらいにその情報屋が悪蜘蛛の元に会いに来ており、悪蜘蛛は金に困っていたその男から情報を買っていた。そして、受け取った情報を今一度思い出す。


―― どこから漏れたかは分からないが、お前たちが今いる隠れ村がバレている。例の無鉄砲な岡っ引きが急ぎ支度をしているから、明日みょうにちの夜明けには乗り込んでくるだろう ――


 その情報屋はあまり好かないが信頼はしている。その情報屋から買い取った言葉は信じて良い。

 そして、その情報にある岡っ引きの事は良く知っている。悪蜘蛛も何度か対峙したことがある。とてもしつこく、どの岡っ引きよりも面倒である。だが、今回も単身で突っ込んで来るだろうから、数で攻めてしまえばすぐに殺せるだろう。その岡っ引きは中々の武道家でもあるが、数で攻めれば余裕で倒せるだろう。だが、誰にも言わずに此処に突っ込んで来るほど馬鹿ではないはずだ。彼が帰らなければ、彼の仲間、法の執行者どもが重い腰を上げてここにやって来るだろう。

 その対策をしなくてはいけないと考える悪蜘蛛。だが、その事は頭の片隅でしか考えていない。ハッキリ言って、どうにでもなる事なのだ。こちらには奴らに知られていない“兵器”がある。それを使えば自分たちをしょっ引こうとする輩共は、赤子の手を捻るくらい簡単に消え去り、別の廃村に移動して安全を確保できる。


「だが、あの岡っ引きが来るという事は……“奴ら”も来るという事だ……クックック……」


 己の左目を失った原因である刀傷を指でなぞりながら不敵に笑う。寺の奥の部屋に入った悪蜘蛛は、その部屋の中心に置かれている祭壇のような台の前に胡坐をかいて座り込み、その祭壇を見据える。祭壇には水晶玉があるが、淀むように紫の光を放っているのでただの水晶玉ではない様だ。

 その水晶が放つ光は、不思議と見入ってしまう何かがあった。心が欲望に忠実なってしまうような何かが。

 そして、そんな怪しげな水晶玉に向かっている悪蜘蛛は両腕を掲げ、眼をギラギラとさせながら水晶玉に向かって渇望の想いをぶつけた。


「さあ!邪玉じゃぎょくよ!今こそ捧げた贄に値する恵みを!我らに与えたまえ!我らに盾突く者共を薙ぎ払い、毒を持って蹂躙し、我らに勝利を齎したまえ!……そして、この眼を奪った!あの忍び共に!死を!死を与えたまえ!苦しみに満ちた死を与えたまえ!その為に俺は!地獄から這い上がってきたのだぁ!」

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