第3話 『旅立ち』

 知絵里の住む街の人口は全国平均よりも少し多いくらいである。

 都会ほどでは無いがそれなりに人の多い駅前には学校帰りの学生たちが出歩いている。


「はぁ……もう一週間になるけど全く思いつかない……」


 肩を落としながら歩く学生服姿の知絵里。その隣には知絵里と同じ高校の、二人の少年少女が知絵里と共に歩いている。


「和風キャラなんでしょ?重蔵しげぞうとかどお?」


「いや……カッコ可愛い感じの名前にしたいから厳ついのはちょっと……」


「ラフ見た感じだと可愛い全振りの名前でも良いと思うんだけどな」


 巻物の狐獣人に似合わない名前を提案した少女の名は「佐々木 七菜香ささき ななか

そして、同じ様に狐獣人の名前を考えてくれている少年の名は「奥野 友景おくの ともかげ

 この二人は知絵里の友人である。サブカルチャー仲間であり、よくお互いの好きなジャンルの話をし合っては情報共有したり、アイディアを出し合ったりしている。今は巻物の狐獣人の話をしているようだ。


「中二的ネーミングは似合わないからあまり凝った名前にはしたくないけど、思い付く名前が殆ど中二なんだよね……」


 ゲームでキャラクターに名前を付ける際も頭を悩ませるタイプの知絵里。今まで和風キャラの名前を考える機会がなかったのでかなり苦戦している。


「思い付かないならネーミング辞典とか使うしかないんじゃない?」


「そうしようかなぁ……家に帰ったら調べてみるよ」


 この一週間頭を捻ったが何も出てこなかった。だが、様々な資料を参考にする事で何か思い付くかもしれない。


「ごめん、それじゃあ今日はどこも寄らずに帰るね」


 三人の帰り道が分れる所までたどり着き、お互いじゃあねと挨拶し分かれる。

 普段ならみんなでカラオケや本屋に立ち寄ったりするのだが、今日は創作に時間を使いたいので、どこにも立ち寄らずに真っすぐ家に帰る。自身で描く狐獣人の絵も早く完成させたい。


「あの子を描いた人はどんな名前を考えてたのかなぁ」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 家に着いた知絵里はすぐに作業に取り掛かる。ネットで参考になりそうな資料を探して、今日こそ狐獣人の名前を決める。

 両親は共働きなので家には誰もいない。誰もいない静かな空間での作業はとても集中できるので、今この時間を無駄にしないようにしたい。

 台所で飲み物を用意して階段を上がり、二階の廊下を歩き自室へ向かう。と、その時だ……。


ガタッ!

(え、誰かいるの!?)


 誰もいないはずの一階の居間の方から物音がした。

 家には知絵里しかおらず、もし泥棒が入ったのならとても危険だ。


「ど、どうしよう!警察に……あ!」


 先程、台所で飲み物を取りに行った時にスマホを置き忘れているのに気が付いた。


(取り敢えず……確認しなきゃ……)


 気のせいかもしれない。武器になりそうな物を……掃除用具のカーペットローラーを持って、静かに階段を下る。


 一階の廊下にたどり着いたと同時に、背後から冷たい空気が知絵里の頬を掠める。


「騒ぐな……」


「ひっ!」


 知絵里の後ろに誰かがいる。いつの間に回り込まれたのか分からない。


「巻物だ……巻物を持っているだろう?それを寄越せ……」


 知絵里の後ろにいる何者かは、野太い声で巻物を要求してくる。


「早く言え、お前を殺してから探しても良いのだぞ……」


「わ、分かりました!に、二階!二階にあります!」


 声からして男だろう。恐る恐る、ゆっくりと振り向く知絵里。目にしたのは黒いローブ姿の男だった。不気味な木製の仮面を被っており顔は分からない。手には湾曲したナイフが握られている。

 何故巻物を要求してくるのか分からないが、鋭利な刃物を向けられている状態なので大人しく従う。

 巻物は自室の収納棚にしまってある。描かれてある狐獣人を気に入っているので、奪われるのはかなり悔しいが、不気味な仮面の男は何をするか分からない。大人しく従う。


(どうして巻物を……)


 ナイフを向けられながら自室へ案内する。棚の中にある巻物を取り出し、速やかに引き渡す。


「この気……間違いない!ああ……ようやくやり直せる……」


(やり直せる?何を言っているんだろう?)


 それだけこの巻物は高価な物なのだろうか?やり直せるとは何だろうか?色々疑問に思うところだが、自分の命を守ることを優先して考えよう。

 身の安全の為に男から距離を取る。男は巻物を眺め続けているので、静かに後退りして部屋からの脱出を試みる。


「巻物は手に入ったが、お前を消す方が手っ取り早い……出来るか分からないが試行してみよう……」


 不気味な事を言いながら男はナイフを懐にしまう。そして、私に向けて長い爪の手をかざし―――


「知絵里、お前は私達にとって強大な敵だ。今のうちに死んでもらおう」


 突如、男の手に黒紫の紋様が浮かび上がる。すると、男の周りに黒い光を放つやじりが無数に現れ、知絵里の方へと向きを揃える。


(ええ!あれって魔法!?)


 現実に無いはずの魔法の様な物を目の当たりにする。


「死んでもらおう」


「きゃああああああああああああ!」


 意味も解らず死んでしまう。まさか泥棒が魔法を使えるとは思っていなかった。

 死の寸前、走馬灯が視えると聞いたが視えることは無かった。ただ怯える事しか出来ない知絵里は目を瞑る。凶器が知絵里に届くその寸前―――


「やはり来たか……」


「あ、あれ?」


 知絵里は鏃に貫かれていない、生きている。

 知絵里は自分の体を触り確かめるが、外傷は一つもない。知絵里の命を奪うと宣言した凶器達は知絵里の周りに散らばって落ちている。


 知絵里がのんきに状況確認をしている間も仮面の男は様子をうかがっている。


「流石、最後の忍びだ……そろそろ出て来い。今ので貴様が影の中に隠れているのは分かっているのだぞ?」


 仮面の男が知絵里の方へ警戒心を強めながらそう言うと、突如知絵里の影が動き出し、影は溶けだした物が元の形へ戻るような動きをし始める。その影は人の形になり、実体を持ち始める。


「あ、あなたは……」


 影はもう影でなくなっていた、知絵里の影も元に戻っている。今、知絵里の目の前には濃藍色のフード付きパーカーを着た男が仮面の男に対峙するように立っていた。


「くっふっふっふ……やはり貴様が居たか!だが!こいつを使えば我が望みが叶う!」


「…………」


 知絵里を殺められなかったのにもかかわらず満足そうな仮面の男。

 パーカーの男はただ黙って知絵里を守る様に立っている。


「さて……始めるとするか……『勝利は我らに』」


 仮面の男は知絵里から奪った巻物を掲げながらブツブツと何かを唱える。


「テキノモスノトイホスン、ノミラモニミクマモスクモカコノカモイ……」


 すると目の前に黒い渦が巻き起こり、知絵里の部屋を黒色に染める。


「わ、わわわ!何よこれぇ!」


 黒い渦から紫色の光が湧きだし、その光の中から紋様の様な謎の文字が並ぶ魔法陣が現れる。


「おお、神よ……感謝いたします……この償いの機会、無駄にはしません……」


 仮面の男が部屋を覆うほど大きくなった魔法陣の中心に進む。すると、紫の光が強く光り出す。強い光と同時に魔法陣の紋様が崩れ落ち、黒い煙が渦巻く大穴が現れ、仮面の男は足場を失い、不気味な笑い声をあげながらそのまま落ちて行く。


「お、落ちて行った……?もう!何がどうなってるのよ!」


「知絵里!」


「は、はい!」


 先程影から出てきて助けてくれたパーカーの男が自分の名前を呼ぶ。どうして私の名前を知っているのだろうか?いや、仮面の男も私の名前を知っていた?どうして?

 突如呼ばれたことで驚いた知絵里。さっきから意味不明で非現実的な事が起こっているが、助けてくれたことに感謝しなくては。


「あ、あの!助けてくれてありがとうございます!と、ところでこの状況なんですけど……」


「知絵里、これからお前はとある人物に会ってもらう」


 パーカーの男は知絵里と目を合わせようとしない。

 “ある人物”とは?感謝の言葉に続いて、事情を知ってそうな彼に何か聞ければと思ったが叶いそうにない。それどころか、さらに状況が悪化しそうな予感がする。


「お前を辛い所に送り出さないといけないのはとても悲しい……だが、お前に手を貸す者たちは沢山いる。そいつらを頼れ。そして、明るく生きてくれ」


 パーカーの男は知絵里の背中に優しく手をやり、そして穴の開いた魔法陣の方へと知絵里を突き飛ばした。


「え……えええええええ!?」


 穴に落ち、宙を舞う知絵里。パニック状態になりかけるが、生き残るために落下先を確認しようとする。何も見えない黒い渦の中、眼だけでなく、全ての五感を働かせる。すると、自分を落とした謎のパーカーの男の声がまだ聞こえていた。


「まずは忍びを頼れ。お前を助けてくれるはずだ」

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