第2話 『遺品整理』

 知絵里にとっての祖父との想い出は……幼少の時数回会った程度だが鮮明に覚えている。

 祖母は知絵里が産まれる前に亡くなっており、祖父は老後をたった独りで過ごしていた。

 しかし、祖父は寂寥であったわけではない。ご近所との付き合いだけでなく、年齢に見合わず毎日ネットサーフを満喫していたらしい。

 祖父との想い出があるにも関わらず、訃報を聴かされるまで祖父の事を気がかりにしたことは無かった。

 祖父との最後の思い出は小学校の入学式に来てくれた時が最後で、老いと共に祖父の脚が悪くなり、両親との都合が付かないのもあり、顔を合わせることは無かった。

 生前にもっと会いに行けば良かったと後悔しても、それは偽善的な考えなのだろう。

 地域が遠すぎるので中々会いに行けなかったのもあるが、自分から会いに行きたいと思った事もない。自身が淡白な人間なのではないかと疑う。

 人の縁を大切にすることがどんなに大事であるか反省する知絵里は、両親と共に参列しに来られた祖父の知人たちに挨拶をする。

 参列者たちから祖父との思い出話を聴かされ、祖父がどのように人生を送っていたのかを親族であるのにやっと知ることが出来た。


(絵を描く楽しさも……おじいちゃんから教えてもらったのになぁ……)



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 火葬も行われ、本来なら四十九日の後や親族が全員集まってから遺品整理をするのだが、他に親族がいないのと、両親も長くは滞在出来ないので、その日のうちに遺品の整理などが行われた。


「それじゃあ父さんと母さんは家の方から片付けるから」


「知絵里は蔵の方をお願いね。大きいものはまた今度来た時に処分するから」


 祖父の家の敷地内にある古い蔵にある物は、どれもこれも埃をかぶっているため、晴れた空の下、外に広げたビニールシートに埃を叩き落としてから品々を並べる。埃を吸い込まないようにマスクをしていても喉がイガイガする。


「あ、これ昔見せてもらった家系図だ!」


 蔵の中にある物は明らかにガラクタと思われる物や、値段の高そうな物だけでなく、知絵里が見たことのある思い出の品もいくつかあった。

 蔵の中は想像していた程物に溢れているわけでもなかったが、古い箪笥の中などにもまだ小物がぎっしりと入っていた。


「大きい物は後からってお母さん言ってたけど、もう手を付けれるのはここしかないかな」


 四つある箪笥の引き出しをそれぞれ下から順に開けて、中身を取り出して先程と同じ様にビニールシートに並べる。

 日が暮れてしまうので、箪笥の中身を片付ける作業も早めに済ませる。急いで作業に取り掛かる知絵里は最後の箪笥の中身を取り出す。


「さーてと、最後の引き出し…………ん?」


 最後の小さい引き出しを開けると、その引き出しに見合った細長くて小さいサイズの漆器の小箱が出てきた。


「なんだろうこれ、封がされている?」


 知絵里が見つけた箱はお札で封がされており、開くことができない状態だった。


「気になるし開けちゃおうかな」


 不用品の解体用に使っていたカッターを使ってあっさりと封を切る。箱の蓋を外すと中には、一つの巻物が入っていた。かなりの年代物だろうか、酷くボロボロである。

 何が書かれているのか気になる所だが……。


「引っ越しの時に時間配分狂ったから読むのは後にしよう……」


 今内容を読んでしまうと、作業がストップしてしまうので後で拝見しよう。

巻物に手を伸ばす知絵里。巻物は風化しているので、触れた時にこれ以上破れない様  慎重に両手で持つ。


「ボロボロに見えるけど、意外と丈夫な……」


 知絵里が巻物を持ち上げる。するとほんのりと、温かいモノが手から全身に伝わった。


「今のは一体……気のせいかな?」


 何かを感じたのも一瞬だったので、何かの錯覚だろうと思った知絵里は作業に戻る。

 巻物は丁重に扱うため、持ってきたフリーザーバッグに入れてリュックにしまう。

 遺品はビニールシートに並べる際、あらかじめ使えそうな物と、不必要そうな物に分けて置いたので仕分けの作業は楽に終わった。すでに日が暮れていたが、両親たちよりも先に作業は終えていた。


「あとは便利屋さんに任せましょう」


 お母さんが、呼び出した業者と会話するお父さんを見ながらペットボトルのお茶を飲んで一息入れている。


「不用品は左の方に寄せています。残りは一旦取って置きたいので再び屋内に戻しておいて下さい」


 お父さんが業者の人に依頼内容を伝える。祖父の家の鍵は業者に預けてあるが、作業が済んだら郵送で返却してくれる。

 遺品整理もあらかた済んだので、お父さんもお母さんも帰るために車に向かう。

 車に乗る前に、私も業者の人に軽く挨拶する。

 祖父の家に到着してから作業しっぱなしだったのでかなり体が疲れている。

 疲労による強い眠気に襲われた知絵里は、帰りの車内で巻物を読もうとしていたが諦め、揺れる車の中で目を閉じる。

 知絵里が眠りから覚めると、見覚えのある看板が目に映る。


(家の近くに来るまで寝てたみたい)


「あ、知絵里起きたのね。もう少しで着くわよ」


 お母さんに声をかけられながら眼を擦る。

 目を覚ましてすぐに今日の夕ご飯はなんだろうなぁだなんて考える。祖父の家から帰るまでの間何も食べていないので空腹だ。

 空腹の中、もう夜遅いので今日のお絵描きはやめようかなとも考えていると、


「親父も色んな物集めてたんだなぁ。先祖代々受け継いだ品もあるのだろうけど、量が多いからどうにかしないと」


「私たちの家じゃ全部運び込めないしねぇ……思い出の物も多いと思うけど……」


 運転するお父さんと助手席に座るお母さんの話を聞きながら、知絵里はいつかやって来るだろう家族の死を考える。両親が大切にする思い出の物も自分が処分しなくてはいけないのかと―――

 そして、自分が死んでしまった後はどうなるのだろう。自分が大切にしているぬいぐるみや、液晶タブレットも誰かの手に渡ってしまうのだろうか。捨てられたり、売られたり、もしかしたら嫌いな人が使ったりするのだろうか、などと考えるときりがないし、あまりいい気分にならないので、これについては考えるのをやめよう。

 少しの間考え事に耽っていると、まもなくして知絵里たちの自宅へと到着する。

 家族三人家に入り、手洗いうがいを行ったらそれぞれのすべきことをする。私はお母さんと台所で晩飯の用意。お父さんは、一部だけ持ってきた祖父の遺品を車から家の物置部屋に運び、その作業の後に風呂場の浴槽にお湯を入れる。

 遅めに帰ってきたので少し急ぎ目だが、普段通りの生活を送る。ご飯を食べ、お風呂に入り、少し休んで寝支度をする。核家族であると、家庭内でない限り親族が亡くなっても日々の暮らしに変化はない。寂しい様ではあるのだが、立ち止まってもいられない。日常を崩すわけにはいかないのだ。

 いつもどおり家族に寝る前の挨拶をした知絵里は自室に入る。


「そうだ、おじいちゃんの巻物読んでから寝よっと」


 遠出用のリュックから巻物入りのフリーザーパックを取り出し、机の上に置く。


「和紙は頑丈って聞いたことがあるけど……あ、やっぱり外側だけボロボロだったのね」


 和紙は腐食しにくく、長く保存出来る。巻物の外側はボロボロだが、内側の巻き始め部分の保存状態はまだ良い方だった。


 フリーザーパックから巻物を取り出す知絵里。それでも慎重に巻物を扱う。

 巻物を開く前に、長さを目検討で考える。意外と長いかもしれないと思い、机の上にある物を少しどける。


「さーってと、どんなのが描いてるのかな~。春画とかだったらどうしよー。私まだ17歳だよ~」


 適当な独り言をしながら、恐る恐る巻物を最後まで広げる。そこに描かれていたのは……。


「これは妖怪?何かと戦っているのかしら?」


 巻物に描かれていたのは一枚の絵。目に飛び込んでくるのは、大きく描かれた橙色の浴衣を着た狐の獣人の姿。恐らく妖狐の類なのだと思われるが、その左側には大きな山と黒い影が描かれており、陰の中には十数個の不気味な目玉が付いている。陰に立ち向かう様に、妖狐は右手に太刀を、左手に火縄銃を持っている。


「何かしらこれ……山と同じくらい大きい影相手によく立ち向かっていくわね……」


 不気味なはずのその絵は何故か引き込まれるものがあり、まじまじと観察してしまう。見ているだけで心が温かくなって行くのを感じる。


「なんだろうこの気持ち……不気味な被写体まであるのに……影の眼の数は17個みたいだし」


 眼の数を口にする知絵里。影が一つの怪物なのか、複数の化け物が集まっているのか気になったので数えたのだ。数が奇数だという事は、一つ目か三つ目、或いはそれ以上の目玉の持ち主が描かれているということになる。


「でもこれって大昔に描かれたケモ絵ってことになるよね!なんか直感的に手に取ったけど、私持ってるぅ!」


 楽観的に考え始めた知絵里は、その写真をスマホで撮影する。利用しているSNSに載せれば大きな反響を得られそうではあるが、かなりの年代物であるのと、一応両親にも見せてからにしようと決め、巻物をしまい直す。


「昔の人もオリキャラをかっこよく描いたりしてたんだなぁ……それとも、妖怪とかが居た時代もあったのかな?」


 歴史的な価値のある物であるとは思うのだがそれ以上に、昔にもケモナーが居たかもしれないと考えるととても感慨深いものがある。

 創作意欲とは、己の感情を表現したいという欲求でもある。その思いの形は星の数よりも多く、無限にあり、古の時代に生きた人々も現代人と同じ様で、違ったりするモノを想像し、求めていたのだろう。


「昔の人が考えた妖怪とかにもケモノいるしなぁ……鳥獣戯画とかやっぱり昔のケモナーが描いたのだと思うんだよね」


 知絵里の頭の中では勝手に鳥獣戯画の作者をケモナーだと認定している。ちなみに鳥獣戯画の作者は平安時代の高僧で、名を覚猷と言う。ケモナーかどうかという情報は一切無い。


「ところでこの巻物、何か書いてあったりしないのかな?この子の名前すっごい気になる……」


 巻物には一つの絵以外なにも記されていない。普通は題名や説明文が書いているはずなのだが、この巻物には一つの絵だけで他は裏表何も書かれていない。


「名前が無いなら私が考えちゃおーと!名前を考えたらこの子のお絵描きもしよう!」


 知絵里は今まで和風キャラの名前を考えたことがないので頭を悩ませる。勝手に名付ける時点で作者に対して失礼であるのに、いつものネーミングセンスで決めてしまうのはなおよろしくない。

 頭を悩ませながら巻物を巻き直し、再び保護用のフリーザーパックに入れた。

 後は机の横にある棚にしまう。巻物に日光が当たると劣化するかもしれないので、何も入っていない棚の引き出しの方にしまっておく。


「考えながら寝よー、おやすみ~」


 ぬいぐるみ相手に挨拶をして寝る知絵里。眠りの世界に入るまでの間、巻物に描かれていた狐の獣人の名前を考える。もっとも、すぐ眠りに入るので何も思いつきはしないが……。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 街並みの明りが疎らになる深夜、昼間に視える景色は全て闇に包まれ、その姿を隠す。

 知絵里が住む地域から少し離れた所に小高い山がある。山の頂には一つの大きな樹が目立つように生えている。そして、その大樹の幹から伸びる太い枝の上に何者かがいる。


「ついにこの時が来てしまった……使命を果たさなくては……」


 その謎の人物は、深くかぶったキャップ帽とフード付きのパーカーで顔が見えにくく、その衣服も暗闇に溶け込みやすい濃藍色を中心としており、如何にも怪しい姿である。

 その人物は住宅街を見据えながら深呼吸し、自信の精神を整えるために独り言を続ける。


「数多くの苦難……そこにお前を送り届けなくてはいけないのは……とても心苦しい……」


 一体誰に向けての言葉なのか……何もかもが謎のその人物はその場を後にし、闇夜に消える。そして、姿を消すその最後に―――


「必ずお前を守る、守ってみせる」

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