鉄火之妖狐

ヘタレ

プロローグ

第1話 『狩野 知絵里』

 一人っ子とは中々に独創性の強い人になりやすい。兄弟の居る者と違い、独りの時間がかなり長く、自己意識が芽生えた時から色んなモノに興味を持つ機会があるだろう。

 それが天才的な創作能力を開花させる場合もあるが、天才とはそう簡単には現れない。万人から賛同を得られ、評価されてこそ天才と呼ばれる。そして、賛同をあまり得られない者の表現は時に特殊嗜好と呼ばれる。

 そんなマイノリティな人間は自分の表現を他者に認めてもらえず、共感してもらえず、燻ぶった想いをする事だろう。しかし、時代は違う。そんな社会的少数派でもチャンスがある。

 インターネットの普及していった1990年代。更にソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)も利用され始めた2010年代より、自分の表現を世界に発信出来るようになった。

 大規模な事が誰でも当たり前に出来る20XX年。SNSで垣間見える承認欲求の為だけではなく、自分の愛を表現するために努力する者たちがいた。


「やった! 昨日描いたロロアのイラスト100ふぁぼ超えてる!」


 二階建ての一軒家、その一室で喜びの声を上げる少女が居た。


「うちの子の良さを分かってくれる人増えて嬉しいなぁ~……あ、毒ももさんの同人誌、もう予約出来るのね」


 自室のPCやスマートフォンを忙しなく触り続けている彼女の名は「狩野 知絵里かのう しえり」17歳。休みの日や勉強が終わった後などに絵を描く練習をしては、ネットを介して同じコミュニティの人達とお互いの作品や情報を共有して楽しんでいる。

 学生でありながら一人一部屋、兄弟姉妹がいる者には真似できない自分だけの城。彼女は幼い頃から部屋を与えられており、誰にも邪魔されない創作活動の拠点を持っている。

 両親にとても甘やかされて育てられた彼女は様々なモノに興味を持ち、豊かな表現に恵まれて育った。


「ふぅー……あ、そうだ。タイマー止めなきゃあーっと、構図考えるのに時間掛かり過ぎだし、クオリティ意識しちゃって仕上げ時間も長いし……ワンドロ難しいなぁ……」


 彼女が口にした『ワンドロ』とは、一時間で絵を描く“ワンアワードローイング”の略語である。ある程度絵を描けるようになった人が行う練習法だ。試し描きの意味の方が強いようだが、知絵里の場合は練習として捉えているようだ。

 知絵里が絵を描く事を意識し始めたのは、幼少期に祖父から狩野家の歴史を聴かされてからである。

 狩野家、それは江戸時代に有名となった『狩野 探幽かのう たんゆう』の子孫。狩野探幽は徳川家康の肖像画や障壁画等を描いた偉人だ。母の実家の祖父から家系図を見せられながら難しい事を聴かされたが、幼いながらもすごい絵師だったという事は理解出来た。


―― いいか知絵里、ワシたちの御先祖様はすごい絵描きだったのだぞ! ――


―― わたしもおえかきすき! ――


―― ワハハ!良いぞ良いぞ!ドンドン描け! ――


 絵を描くことは元々好きだったが、この話を聞かされてからは祖先の絵師魂が憑依したような勢いで描いた。

 花や草木などの風景画、家族や友人の似顔絵、有名絵画の模写等を、遊び感覚で描いてきた。最低でも一日に一枚は絵を描いていたので、子供の頃から他の人よりも絵を描くのは得意だった。

 特に、愛嬌のある動物は何度も描いてきた。犬や猫等の動物はとても好みだ。

 小学校低学年の頃に友人の家に遊びに行った時の事だった。その友人の家で飼われている大型犬のシベリアンハスキーが知絵里に懐き、じゃれあったりして一緒に遊んだのがとても楽しかったのが動物好きの始まりだ。

 その素敵な思い出があったからか……再び動物との触れ合いを求め過ぎて、動物以外の対象を描かなくなったのは小学五年生くらいの頃からだった。

 物心ついた時から動物系のキャラクターに心を奪われやすくなっており、女児向けアニメが学校のクラスで流行った時は、主人公の魔法少女たちよりも、マスコットキャラや獣人タイプの悪の幹部を気に入っていた。

 たまに友達との話題で感覚のずれがあるのは本人も気が付いていた。

 そこまで苦ではなかったが成長と共に違和感を覚え、ネットを介してその疑問は晴れた。

 それは一人っ子である故か、とても個性的で独創性に育った彼女は俗に言う「ケモナー」と呼ばれる特殊嗜好の持ち主だった。ケモナーとは、動物や獣人、ドラゴン等々の人間でないキャラクターをこよなく愛する人達のことである。

 寝る前の日課、お絵描き練習をした知絵里は今日もケモノのイラストを描いていた。

 描いたイラストの評価具合によって、自分の腕前を認識できるSNS。彼女はその環境をとても有効活用していた。

 彼女はSNSを始めてからまだ一年しか経っていないが、アカウントのフォロワー数は五千人を超えており、かなり多い方である。一部では神絵師とも呼ばれており、日々の努力は実を結んでいる。


「歯磨きしたら寝よーと」


 寝る準備をする為、PCの電源をスリープモードにしてから居間へと向かう。

 知絵里の家庭は三人の核家族。居間では父と母がテレビを観ながら、共通の趣味である釣りで使うそれぞれの釣り竿の手入れをしていた。


「私歯磨きしたら寝るから~ おやすみ~」


「おう、おやすみ知絵里」「おやすみなさーい」


両親に寝る挨拶を済ませたら廊下を渡り、脱衣所の洗面台へたどり着く。


「あーあ、イッヌ飼えたらな~」


 イッヌとは俗語であり、そのまんま『犬』という意味である。

 知絵里の父は動物アレルギーであるため、家庭内での犬との触れ合いは持てない。

 いつか独り暮らしをして、生活に余裕が出たら犬を飼いたいという夢を持つ知絵里。

 理想を思い描きながら歯磨きを済ませ、再び自室に戻る。

 先程スリープ状態にしたPCを復帰させ、投稿した作品に寄せられた反応に丁寧に返信してから床に就く。


(明日は日曜日だし、ワンドロ終わったらゲームしようかな)


 課題はあらかじめ済ませておくタイプの彼女は、休日を有効に使える。

 寝る時に現実的な事を考えると寝付けなくなると聞いたことがあるが、済ませるべき事は済ませた彼女はとても気が楽なので、すぐ深い眠りに落ちる―――。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 薄暗く、とても長い廊下。外の様子は伺えず、ここが何処なのかも分からない。時間間隔さえも狂いそうな暗い場所。その奥にある怪しげな両開きの扉から、不気味な声が漏れてくる。


「さぁ……そろそろだ……何処だ……何処にある!」


 野太い男の声。興奮しているのか、かなり荒げているので扉越しでもその声は聴こえてくる。


「長かった……長かったぞぉ…………もう少しで償える……」


 扉の向こう側は部屋になっており、そこには奇妙な魔法陣や、淡く光る水晶、謎の液体が詰まった瓶などが散乱していた。


「あの邪魔ものさえいなければ……アイツだけは必ず消してやる!」


 一体この謎の男は何をしていたのか、そしてこれから何をするのか。それは誰も知ることは無い。少なくとも……今は―――



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 核家族化、少子高齢化が進む現代の日本。

 兄弟や姉妹も居ず、祖父母などの親戚達との付き合いも皆無、たとえ付き合いがあったとしても、子供の頃の記憶しかない者もいるだろう。知絵里もその一人である。

 そういった人生を送っていると、いざという困った時に手を貸してくれる人がいなかったりで、とても苦労する反面、付き合いで行事に参加したり、お盆の日に実家に帰ったりと、周期的な事で疲れたり、大変な思いをしないで済む。

しかし、そんな親族関係者と顔を合わせない者でも参加を余儀なくされる行事がある。


 特に夢を見ることもなく目覚めた知絵里は、顔を洗いに脱衣所へ向かう。


「ふわぁー……快眠快眠」


 普段通りの行動とは身にも心にも染み付いたモノであり、スムーズに進める為に現在進行している作業の間も、次の作業を頭の片隅で考えている。

 ショートボブの黒髪に出来た寝癖を鏡で確認し、顔を洗いながら朝の歯磨きを済ませた後の朝食を考えていると、それは不意に訪れた。


「知絵里! 大変だ! おじいちゃんが!」


「えっ……!?」


 突然父が廊下からやってきて、顔を洗い終わった私に慌てながら――


「お、落ち着いて聴くのだぞ……今朝、長野のおじいちゃんが亡くなったそうだ……」

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