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「勘違いするなよ、雄吉。同情ってのは一緒に悲しむのが同情じゃない。気持ちを共有するのが同情じゃない」

「じゃあどうしたらいいんだ。何もせずほっとけというのか」

「だから俺は愛唯ちゃんに聞いてるんだよ。どうしたいんだ、って」


 大輔は長澤さんに向き合った。


「悪いけど、俺は愛唯ちゃんがどういう気持ちなのかさっぱり分からない。自分に危害を加えた相手をアイツとかあの男とは呼ばず、未だに“父”と言って家族として見ている。諸星謙一郎にコレクションを与えて近付いた、って言ってたけど、それって父親が死んだ後も憎み恨みのそのミステリーコレクションを持ち続けてたって事だよな。普通処分してねぇか?」

「……」

「ミステリーが嫌いだって言うならあの知識は何だ? アホみてぇに放課後俺にミステリー談議を噛ましてくる雄吉そのものだったぞ。ミステリーが好きでたまらない雄吉と変わらない。本当にミステリーを嫌悪してんのか?」

「……」

「雄吉は当然みたいに捉えてるけど、俺には矛盾してるようにしか見えない。愛唯ちゃんの意図が分からない」

「私は……私はミステリーが嫌いよ」

「だったら何でそんな苦しそうにしてるんだ。言葉と表情が真逆だぞ。俺から見たら今の愛唯ちゃんは憎んでるよりも、父親と同じくらいミステリーが好きで、父親が居なくなってその悲しみを吐き出したいという風にしか見えない」


 初めてだろうか。混乱した表情で長澤さんが動揺を隠しきれずにいる。前向きに自信のあった姿から程遠い、まるで迷子の幼子のように。


 大輔に言われて初めて僕も気付いた。父親を嫌い、ミステリーを憎んでいるというのならたしかに矛盾している。ミステリーを語る長澤さんはマニアというべきほど知識が豊富だった。本当に興味がなければあれほどの知識も用語も出てこないはず。


 すると、スッ、と大輔が手を差し出した。


「助けて欲しいのか、慰めて欲しいのか、それとも突き放して欲しいのか。どれなんだ。こっちがどう動くかはまず愛唯ちゃんの本当の気持ちを知らなきゃ意味がない」


 そう言って大輔は長澤さんの前に手を突き出した。


「手を差し伸べる事は出来る。けど、その手を握るかどうかは愛唯ちゃんが決めろ。俺から引っ張る事はしない。握ったんなら全力で愛唯ちゃんを受け止める。けど、突き放すなら俺はもう関わらない」


 それ以上何も言わず、大輔は手を出したままになった。言葉通り答えを委ね、それを待つ。僕も長澤さんが次にどう動くのか静かに見守る。


 迷っている。それがはっきり見て取れた。目が泳ぎ、口が小刻みに震えている。そして、その様子は大輔の指摘が真実である事を物語っていた。


 長澤さんはミステリーが好き。たくさんのコレクションに囲まれ、毎日謎の日々を追っていたのだろう。父親と向き合い、楽しくミステリー談義に華を咲かせている姿が容易にイメージ出来た。


 ゆっくり、ゆっくりと長澤さんの手が持ち上がり、大輔の手の方へ動く。一歩踏み出し、あと数センチで握れる所まで来た。しかし……。


 ……パシッ。


 長澤さんは大輔の手を払った。


「私は……私はミステリーが大嫌いよ」


 その一言の後、長澤さんは何も言わず黙ったまま俯いた。


「分かった。それが答えと言うのなら」


 大輔もその台詞を吐くと踵を返し、館の方へ歩き出した。僕は迷った。長澤さんの傍にいるべきか。それとも大輔に付いて行くべきか。


 大輔は受け止めると言い放った。それに対し長澤さんは断った。しかし、一度は手を伸ばし握る直前まで来ていた。となれば彼女は助けを、他人を求めているということ。まだ気持ちの整理が出来ていないだけで、こちらから一声掛ければきっかけになるのではないか。


 だが、大輔の言い分も間違ってはいない。突き返すのではなく、手を差し伸べた。求めるものがあるのなら自分から行動を起こさないといけない。それも正しい。


 どうすればいい……。


 何時間という思考の渦に飲まれたかのようだったが、それは一瞬であった。僕は深々と頭を下げ、その後選んだ相手の傍に寄った。


「別にあっちに付いていいんだぞ」

「いや、いい」


 僕は大輔を選んだ。好意を寄せた女の子より友を選んだのだ。


「後悔するんじゃねぇの?」

「かもね」

「だったら――」

「それでも僕は大輔を選んだ。自分が選んだんだ」

「そうかい。なら、これ以上は何も言わない」


 僕は大輔と並んで歩く。事件が起き、捜査を始めると決めたあの時のように。


「ミステリーが嫌になったか?」

「いいや」

「マジで? こんな事件に遭ったにもか」

「だからこそさ。このままじゃミステリーが不快なものとして伝わるだろ」

「伝える? 誰に?」

「もちろん、大輔さ」

「……お節介にも程がある」


 放課後の雑談のように大輔と会話をする。明日には家に着き、警察から事情聴取を受ける事になるだろう。だが、それも数日。その後はいつも通りに学校に通い、また大輔と下校をしミステリーの話を振るだろう。


 もう長澤さんについて僕らは何も言わない。自首をするのか、それともこのまま濡れ衣を被せるのか。気にならないと言えば嘘になるが、詮索する必要はない。僕がこの道を選んだように、彼女も自分の道を選んだ。その道をどう歩むかは彼女次第だ。


 大輔と共に歩む道が正しいかは分からない。その先にまた苦難があるかもしれない。けど、選んだ道が正しいと信じたい。


 決意を揺るがさないように、僕は不知火館の入口に着くと、扉を力一杯開けた。

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ミステリーが導く先はミステリー 桐華江漢 @need

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