第2話 少年探偵、登場!
郊外の豪邸に居を構える大富豪、仁宮家。
三日前、その家から一つの指輪が盗まれた。
なんでも大戦後の混乱期に乗じて手に入れた希少な一品らしく、見る目のある美術商に持ち込めば数億は下らないのだとか。
とはいえ仁宮家は超のつく大富豪。
盗まれた品は確かに痛かったが、家を傾けるほどのものでもない。
そもそも金庫の奥で眠っていたものなので、一握りの使用人しかその存在も知らなかった。
それゆえに家の者たちは『まあそういうこともあるよね』と大富豪の余裕を見せる始末だった。
しかしそれに異を唱える人物が一人。
「いけません! そのような雑な扱いをしては、脱税沙汰になりますよ!」
お抱え税理士にそう説き伏せられ、家長の仁宮茂三は重い腰をようやく上げた。
「仕方ない。じゃあ警察に通報するか」
「それもいけませんよ、おじい様。十数年前に警察に押収品をちょろまかされたばかりではありませんか」
「それもそうだなあ。あの時はきつく灸をすえてやったが、またあるとうちが舐められるかもしれないからなあ」
茂三はひたすらにめんどくさそうにしながら、使用人の一人に声をかけた。
「おい、警察ではないが警察のように嗅覚が鋭くて、面倒ごとを引き受けてくれるような人間をしらないか?」
「それなら探偵がよろしいかと」
使用人は夢見がちでミーハーな人間だった。
これをいい機会に、ネットで話題の某有名人に会ってみたいと思ったのだ。
「探偵の名前は芹沢アザミ。人呼んで傀儡探偵です」
――という経緯があり、芹沢アザミと助手の桜椿子は豪邸の前にやってきていた。
「こっ、こんにちは! 仁宮さんのお宅で間違いございませんかっ!」
緊張しきった面持ちでアザミは使用人に声をかける。
女使用人は厳しい表情で、尋ね返した。
「そうですが、あなたは?」
「ひっ……」
アザミはいっそ可哀想なほど震えだした。
多分、アザミのおびえる反応を見たくてあえて恐ろしい顔を作っているのだろう。
彼女はツイッターの鍵垢で「アザミきゅん画像bot」をフォローしているので、おそらく歪んだ感情が発露しているだけだ。
そんなことはつゆ知らず、アザミはうるんだ目を泳がせながら、必死で言葉を紡ごうとしている。
「ぼ、僕は、探偵でっ、その……ええと……」
徐々に言葉尻がしぼんでいく少年を見下ろし、女使用人は口の端を震わせている。内心大興奮であることだろう。
そんな彼の両肩に、後ろに控えていた中性的な青年が手を置いた。
「ほらアザミくん、がんばって」
「ひゃい……」
泣きそうな声で答えると、アザミはキリッと背筋を伸ばして、女使用人に立ち向かった。
「僕は、少年名探偵の芹沢アザミでしゅっ!」
噛んだ。
女使用人はもう興奮で顔がひどいことになっている。
一方泣きそうになりながらぷるぷるするアザミに、背後の男は穏やかに声をかけていた。
「よくできました。偉いね」
「椿子さん……」
長い前髪で片目を隠し、艶やかな髪を肩の上でぱつんと切った青年――桜椿子だ。
完全に女の名前だが、声色も喋り方も男そのもの。
涼やかな流し目に長いまつげのせいでたしかに中性的な印象を受けるが、体つきが細身の男であると明確に示していた。
何がどうしてそんな名前を使っているのかはわからないが、十中八九偽名というやつだ。本当に何がどうしてそうなっているのかはわからないが。
「失礼しました。僕は桜椿子。この芹沢アザミ先生の助手をしています」
「は、はいっ……存じ上げております……!」
先ほどとは違った意味で、女使用人の表情が変わる。
これはあれだ。美形のモデルを目の前にしてどうすればいいか分からなくなったファンの顔だ。
「こちらにお住まいの仁宮様からのご依頼で、失せ物調査をしに参りました」
「ひゃい、存じ上げておりましゅっ」
自分より高い位置にある彼の美しい顔を見上げて、女使用人はハワワワ……と息を吐いている。
そんな彼女を意に介さず、椿子は穏やかにほほ笑んだ。
「早速ですが、依頼人のもとに案内をお願いしてもよろしいですか?」
「はっ、はいよろこんでー!」
まるで居酒屋店員のような言い方で彼女は答える。前職は居酒屋で働いていたらしいのでその名残だろう。
しかし彼女はすぐに彼らを中に案内しようとはせず、もじもじと体をくねらせ始めた。
「その前にあの……」
「はい」
「握手していただいても!?」
ばっと彼女は、椿子に手を差し出す。
椿子は驚くこともせず、彼女の手を握り返した。
「もちろん構いませんよ」
彼の手が女使用人の手を包み込み、女使用人は興奮でぶるっと震える。『すべすべで温かいー!』と小さく叫ぶ声が聞こえた。
傀儡探偵は今日も謎を金にする ~※この物語にはクズしか出てきません!~ 黄鱗きいろ @cradleofdragon
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