第25話 姫君と七ツ宝具

 目が覚めて、最初に視界に入ってきたのは白い天井だった。


 寝かされているベッド。脇腹に走る激痛。鼻をつく薬品の香り。

 

 ここは病棟だ。それがわかったのと同時に。


 自分はのだとクロードは理解した。


「よう。起きたか」


 今となっては耳に障る話しかた。


 ベッドの脇にはウィルと、その隣の椅子で眠っているキャロルの姿があった。


「よく眠れたか。まあ眠らせたのは俺なんだが」


「……。」


「でもまあ、起きてくれてよかった。徹夜が無駄にならずに済んだ」


 端から端までイラッとする口ぶりだったが、怪我人であり敗者でもある手前、クロードは言いたいことを飲み込んだ。


 ちなみにウィルに悪気はない。最初からそういう男だったと自分に言い聞かせる。


「私はどれくらい寝ていた」


「一週間だな。その間、キャロルは毎日見舞いに来ていた。

 おーい。キャロル。クロードが起きたぞ」


 そう言ってキャロルの肩にウィルが手を伸ばすと。


 灰色の“障壁“が、姫の体に伸びる手を防いだ。


「……」


「——目覚めてすぐなのに、その速さで“障壁”を張れるのか。すげえな」


「——ふぇ……?」


 パチリと開いたキャロルの目。ぼやけた視界の先に、体を起こすクロードの姿が見えた。


「クロード……」


「姫ぎ……」


「目が覚めてよかったよぉぉ!!」


 顔をくしゃくしゃにして、クロードの手をとるキャロル。


「もう起きてくれないんじゃないかって。私、ずっと心配で! それで……!」


 その反応に、クロードは黙って首を垂れた。けれど言葉を見つけることはできなかった。

 

 今の自分に何かを語る資格はない。


 姫君と同じ空間にいることすら許されない。そのくらいに思っていた。


 けれど始末はつけなければ。


「姫君。本件の罰は追って必ず受けますゆえ。

 後任の者には傷が塞がり次第……」


「? 後任って誰の」


「私はもはや、七ツ宝具の名に相応しい者ではありません。

 姫君の命に反した挙句、それでも通そうとしたを実らせる力もなかった。

 あなたの元を去るのが、最後の責任というものです」


「おいおい。それじゃキャロルが助けた意味がなくなるぞ」


 口を挟んできたウィルへと視線を向ける。なんだか気になる言葉が耳に入ったからだ。


 キャロルが助けた? どういうことなのか。


 返答を待っていると、ウィルは「キャロルがいなければ、お前は死んでいた」と言って、剣の柄に手を触れた。


「クロードをぶっ飛ばしてから気づいた。

 峰打ちなら死なないと思って振り抜いたが、よく考えたらあそこは空中だった。

 気を失ったクロードは石の地面に向かって真っ逆さま。

 そんなお前を受け止めたのがキャロルだった」


「——えへへ。人間、必死になると力が出せるものね」


 そう言いながら、キャロルは右腕を隠すように押さえた。


 袖から少しだけ見えた包帯。クロードは歯を食いしばった。


 かなりの高さから落下する成人男性を受け止めたのだ。


 キャロルの細腕が無事であったはずはない。


「あんまり思い詰めた顔しないの。空気が重くなるでしょう」


「ですが、キャロル姫……!」


「いいの。今回のことは働いて返してくれれば」


 働いて返す? 鳩が豆鉄砲を喰らったような反応のクロードに、


「七ツ宝具にはどう考えてもクロードが必要だろ」


 そんなことを言ったのはウィルだった。


「あんだけ“殺すな”って言われたのに、俺は峰打ちの後のことはまるで考えてなかった。

 俺が任務を果たせたのはたまたまキャロルがいたからだ。

 どう考えたって護衛としての性能に不安がある。

 俺はクロードの代わりにはならない」


 剣は盾の代わりにはなれない。


 だから七人いるんだろう。ウィルは仲間達の顔を思い浮かべた。


 まあ、意識が戻ったばかりでする話でもない。


 今は休むべき時間だろう。体も心も。


 ウィルが目配せをすると、キャロルも小さく頷いて席を立った。思いは同じようだった。


「ゆっくり休んでね。クロード。

 待ってるからね」


 ひらひらと手を振るキャロル。


 クロードは毛布の下で強く拳を握ると、病室を出て行く姫の背中に深々と頭を下げた。





 それから二人は、ミュゼ、シュシュ、マユメの病室にも顔を出した。


 姫君と顔を合わせた反応はそれぞれ。


 しかし皆が、最後はキャロルに敬礼をして見送った。


「よかったのかな。これで」


 城の門が見えてきたところで、キャロルは脇のウィルに尋ねた。


「私は次の王女として、正しいことができているのかな……」 

 

 七ツ宝具の顔ぶれと話している時、キャロルはずっと笑顔だった。


 保っていた笑顔が、そんな呟きと共に、僅かに影を帯びているのをウィルは見た。


「俺はただの剣だ。何が正しいかなんてわからない。

 でも……」


 ウィルが言い淀むのは珍しかった。


 キャロルが顔を上げると、ウィルは足を止めて地面を見ていた。


 そこは城門の真下。城と町の境界線だ。


「キャロルがそんな顔をしなくてもいいように、こっちの世界に来たつもりだ」


「ウィル……?」


「俺に何ができる?」


 言葉を絞り出しながらウィルは拳を握った。


 幾度となく皮膚が破れ、分厚くなった掌。


 恩人の少女と出会ってから今日までの全て。


 人生の全てを賭けて鍛えてきた手だ。

 

「剣を振ることだけは得意だ。それができれば、どんな悲しみからも守ることができると思っていた。

 でも俺はまだそんな顔をキャロルにさせている。

 まだ強さが足りないのか。もっと強くなれたらいいのか。

 俺にはキャロルが必要だ。だから力になるたい。

 それなのに、俺にはどうしていいかわからない」


 手にした刃を姫君のために振るう。


 その一心だけを胸に、はここまでやってきた。


 純粋に。不器用に。真っ直ぐに追い求めてきたからこそ、それ以外の道が見えなかった。


 暗闇の人生に光を射してくれた少女に。

 

 自分がどうしたら光となれるのかがわからなかった。


「——ありがとう、ウィル。その気持ちだけで十分だよ。

 あなたが私のところに来てくれてよかった」


 キャロルは自分の目尻をハンカチで拭い。


 そして少年の目に浮かんだ涙をそっと拭いた。


 自分の力が信じられなくなりそうな時。


 ウィルは自分のことを必要だと言ってくれた。背中を押してくれた。


 だったら前に進む他にはない。


 できれば二人で一緒に。


「ひとまずこの辛気臭い雰囲気からなんとかしましょう。

 ウィル。お供してよね」


「——それはいいが何するんだ」


「甘いもの食べに行くわよ! ついでに働き詰めのヴォルクさんへ差し入れも買って行けるでしょう。


 ウィル。ドーナツは好き?」


「変わり身が早いな。さすがお姫様」


 無理やりなテンションの切り替えに、ウィルは思わず笑ってしまった。

 

 ドーナツか。


 久しぶりに食べるな。


「どこでも付いて行くよ。切り分け《カット》なら任せてくれ」


 


 ——姫君、キャロル=ソレイユ


 姫君の盾

 姫君の鏡

 姫君の籠

 姫君の錠

 姫君の秤

 姫君の冠


 そして、姫君の剣。


 これは国を変えようとするおひめさまと、彼女を慕う護衛たちの物語。






 姫君の七ツ宝具 fin

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