第24話 次の時代へ

「やぁやぁ。ずいぶん大変だったそうだねえ」


 王室前の詰所。目の下にクマを作った同僚に、レイは笑いながら小包を手渡した。


「ヴォルク殿。七つ宝具の大喧嘩で空いた穴を、ほとんどあなたが埋めてくれたそうじゃあないか。

 助かったよ。これお土産」


「……。土産でチャラにできるレベルの負担じゃねえな」


 椅子に背中を預けながら、“冠”のヴォルクは肩を鳴らした。


 クロードによる貧民街の調査が中断されて一週間が経つ。


 怪我人の山となった今回の喧嘩。


 遠征中のレイに代わり、その尻拭いをヴォルクが担っていた。

 

「どいつもこいつも無茶をしやがる。これじゃあ引退できねえな」


「ふふ。あなたがいるから無茶できる部分もあるのだよ。

 もしもヴォルク殿がクロードに加担していたら、私は王に遠征の取りやめを進言しなければならないところだった」


 クロードと衛兵300人による貧民街の調査。


 手紙で連絡を受けた時、配置計画にミュゼの名前はあっても、ヴォルクの名前がないことにレイは気づいていた。


「七ツ宝具の数人が病院送りになっても、数日の護衛はなんら問題ない。ヴォルク殿さえいればね」


「怪我人が出るってわかってんなら止めろ。

 それにもしクロードが勝てば、怪我人どころじゃ済まなかっただろうよ。

 そこはどう考えてんだ。団長さんよ」


 言葉とともに向けられた射殺すような視線。

 

 ——これはちゃんと答えないと、また怪我人が増えることになるね。


 レイは「必要な喧嘩だと思ったのだよ」と指を立てた。


「先の戦争で七ツ宝具はヴォルク殿、私、そしてクロードの3人に減った。

 大勢の仲間たちの死を目の当たりにしたクロードは、前にも増して『姫に仇なす者の排除』にこだわるようになった。

 少し取り憑かれたような目をしていることも増えた。私はそれが気になっていた」


 心当たりはあるのだろう。ヴォルクは黙って頷いた。


 クロードは元から責任感が強い男だった。


 多くの仲間を失ってから、自らに課すトレーニングは日に日に増していった。


 いつも張り詰めた表情をするようになった。


 少しずつクロードは、昔の彼ではなくなっていった。


「クロードは強くなったよ。護衛としての力量も磨かれた。

 でも、私にはそんな彼が幸せそうには見えなかったよ。一緒にいる姫君も」


 姫君がまだ自分が次の王である自覚がなかった頃。


 衛兵の一人だったクロードもまた、次の七ツ宝具になる自覚がなかった頃。


 二人はよく一緒に笑っていた。レイの言葉で、ヴォルクはそんな景色を思い出した。


「どうしたものかなと思っていた時に、なんだか面白そうな少年が七ツ宝具の門を叩いた。

 クロードとはまた違った形で姫君を慕い、何もかも対極にあるウィル。

 彼とぶつかり合うことがあるなら、クロードもまた一つ殻を破れるかもしれない。

 それは今の七ツ宝具に必要なことだと思ったんだ」


 レイに自覚はないが、彼女の判断もまた“責任“に裏打ちされたものだった。


 最強と謳われた護衛集団。七ツ宝具。


 若くして団長に任じられた彼女にとって、その名を落とさないことは暗黙の責務だった。


「お前の言いたいことはわかった。

 前世代の4人が七ツ宝具の椅子を去り、残った俺も片腕を失った。

 今の七ツ宝具にとって強さの純度を上げることは急ぎの課題だった。それは認める。


 だがレイ。もしもクロードが勝てばどうするつもりだった」


 クロードの勝利は、そのまま戦争に直結していた可能性が高い。


 そうなれば貧民街の住人及び衛兵たち、下手をすればクロードも命を落としていたことだろう。


 レイがそれをわかっていなかったはずはない。


 ヴォルクの問いに、レイは「難しい賭けだったけれど」と口を開いた。


「今回の喧嘩。クロードは負けると思ったからね」


「ウィルの方が強いと見たのか?」


「いいや。ウィルというよりはキャロル姫だね。

 ウィルとシュシュだけなら勝負はわからなかった。

 けれど彼らの背中を押すキャロル姫の強さが。意志が、きっと力になるだろう。そう思ったんだよ」

 

 ——なるほど。姫の存在も頭数に入れて“強さ“を計算すべきだったと。


 それでも無茶なことに変わりはねえけどな。呆れたようなため息を吐くヴォルク。


 しかしその表情はいつもの彼に戻っていた。


「土産なら若え奴らに持っていってやれ。病院で暇してるだろうしな」


 受け取った小包を放って、ヴォルクは椅子を立った。


「見舞いから戻るまでは仕事しててやる」


 ヴォルクの言葉にレイは顔を綻ばせた。


 七ツ宝具のリーダーとしてもう一つ心配だったこと。


 当然のことだが、それは仲間の無事だったからだ。


「恩に着るよ。ヴォルク殿」


 そう言って詰所を後にする。


 ヴォルクは扉が閉まる直前。廊下を駆け出すレイの背中を見た。

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