第23話 あなたに応える時

 針の雨。というよりもそれは弾丸の雨に近かった。


 舞う砂埃が徐々に晴れてゆく。あらわになった石畳は蜂の巣となっていた。


 急所を守れば死ぬことはない。


 クロードはそう言ったが、なんの冗談だったのかとキャロルは周囲の惨状を見て思った。

 

「——大丈夫? ウィル」

 

「ああ。

 全く問題ない」


 仕留めたはずの男の声。クロードは土煙の晴れつつある地上に目を凝らした。


 キャロルを覆う“障壁”の内部に二つの人影。


 白く光る剣を握ったウィルの姿があった。


 ——障壁に出入り口はない。どうやって中に入った?


 表情からクロードの胸の内を読み取ったのだろう。ウィルは


「俺の剣は何でも切れる」


 そう言って障壁の側面に手を触れた。


「攻撃の直前にキャロルが俺に向かって手招きをした。

 それで障壁の側面を切って侵入する方法を思いついた」


 ドーム状に張られた魔力の壁が外れる。人が入れる穴がぽっかり空いていた。


「あの一瞬で……」


 そう零したクロードの表情は引き攣っていた。驚きを隠しきれなかった。


 一瞬で障壁を切り、攻撃を回避したウィルにではない。


 あの針の雨を見ながら、


「ウィルが手を誤れば、姫君。あなたが攻撃を受けておられた。

 何を考えておられるのです!」


 怒り。そして動揺。


 クロードの声はこれまでにない色を帯びていた。


 それでもキャロルは普段と変わらぬ調子で。


「ウィルならうまくやる。ただ信じただけよ」


 そう返した。


 


「ありがとな。キャロル。


 お前の勝ちだ」




 俺を信じてくれるなら必ず応える。


 今がその、応える瞬間とき


 ウィルは構えをとり、剣を振るった。


 周りを覆う障壁がバラバラになって宙へ舞う。


 鋼の強度を誇る障壁の破片。ウィルが再び大きく剣を振り上げると、風を纏った破片がクロードを目掛けて放たれた。


「っ!?」


 自分のバリアを刻まれて、逆に武器として飛ばされる。


 百戦錬磨のクロードでさえ、かつて経験したことのない。想像したことすらない攻めの手。


 自分の攻撃でキャロルが死にかけたことも相まって、クロードは狼狽えたまま、次の手を打った。


 次の手を打つまでが限界だった。


「“障壁”解除」


 襲いくる破片が自分の魔力で作られたものなら、魔法の解除によって消える。


 彼にはそうするしかなかった。たとえ自分を守るものがなくなったとしても。


 足場の障壁を失い、落下するクロード。


 迎え撃つように跳んでいたウィル。


 二人の視線が交錯したその刹那。



 クロードの目に映ったのは、かつて貧民街で出会った、決意を宿す少年の瞳だった。




「——小さな刃ではなかった、か。


 キャロル姫。どうか末長くご自愛を」 


 


 その声が地上のキャロルに届いた頃にはもう。


 白い剣の峰が、黒い燕尾服の脇腹を打ち抜いていた。

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