第22話 剣vs盾

「話はシンプルだ。クロード一人を止めれば、貧民街への攻撃が止まる」


 ウィルは剣を抜き、その切先をクロードに向けた。


「誰も死なせたくないんだろ。だったらすることは決まっているはずだ」


「——そうね、ウィル。だからこそあなたのしようとしていることは認められないわ。

 死なせたくない、というのはウィルとクロード。あなたたちも含めての話」


 二人の従者へ視線を送るキャロル。


 自分のために命をかけて戦ってきた二人が、自分のために殺し合いを始めようとしている。


 その表情は今にも泣き出しそうだった。


「ウィル。クロード。あなたたちは命を落とすのも仕事のうちって言ったことがあるね。

 でも違うよ。そうじゃないんだよ。

 私はもう、七ツ宝具のみんながいなくなるのはいやだよ」


 二年前にようやく終わった戦争。


 終戦の影には先代の七ツ宝具たちの活躍と……その犠牲があった。


 4人の七ツ宝具が、胸に抱いた未来を、キャロルと彼女の元に残る“冠”“錠”“盾”の3人に託して去っていった。


 もう誰も死なせたくない。強くそう思った。


「——悪いキャロル。俺が相変わらず口下手なのがいけなかった。

 大丈夫だ。わかっている」


「え……?」


 クロードに向けた切先を下ろし、ウィルは微笑んだ。


「争いを好まないことも。俺とクロードの両方が死んでほしくないことも。ちゃんとわかってる。

 俺は死なない。そして殺さずにあのわからず屋を止める」


 殺さず、殺されずに勝負を終わらせる。


 そのためには相手の実力と意思の両方を挫かなければならない。


 首を刎ねることよりも遥かに難しい勝利の条件だ。


 しかも相手は七ツ宝具“盾”のクロード。


 そんなことできるわけが……! その言葉がキャロルの口をつこうとしたその時、


「今でも俺のことを信じてくれているか」


 キャロルの前に出て、ウィルは彼女に背を向けながら話しかけた。


「俺には難しいことは何もわからない。ただキャロルを信じて剣を振るうことしかできない。

 それだけでこれまでやってきた。

 だからキャロルもまた……俺を信じてくれるなら、必ず応える」

 

 背を向けたウィルの表情はキャロルから見えなかった。


 けれど、ただ自分を信じて欲しい。そう言っているように聞こえた。 


「わかったわ、ウィル。……けれど一つだけ約束。

 私が止めたら必ず剣を収めて。

 あの時と同じように」


 キャロルの言う“あの時”は、鍛錬場での模擬戦を意味している。


 しかしウィルの脳裏には別の景色が浮かんでいた。


 少女を襲おうとするボロボロの少年。


 ポケットに収めるように命じられたナイフ。


 救われた命。


 一度だって忘れたことはなかった。


「あの時と同じだな。わかった。約束する」


 心構えを示し、そして剣を構える。


 決戦が幕を開けた。





 最初の一歩。


 ウィルとクロードはともに無言のまま、火蓋は切って落とされた。


 ウィルの選択は、正面からの突進。ウィルの剣は魔力を無効化する。よってクロードの“障壁”では防げない。


 壁を消しながら近づけば、峰打ちで終わらせられる。そういう考えだ。

  

 一方でクロードもまたそんなウィルの意図を理解していた。


 近づけばやられる。ならば、ウィルの剣が届かない距離を置けばいい。


 クロードが地面を蹴り、宙空へ逃れる。ウィルは追撃の構えをとり、すぐさま同じように跳んだ。


 お互いが目と鼻の先。ウィルの剣が届く距離。


 しかしその剣線は空を切った。


「——空中で


 地面に着地するウィルが、さっきまでいた場所を見上げる。


 何もない空間に立つクロードが、見下ろすようにして立っていた。


「クロードの“障壁“は空間に固定することもできるの!

 形や質感も自在にコントロールできる!」


 キャロルの叫びに、ウィルはだいたいの現状を把握することができた。


 クロードは靴の裏に“障壁”の地面を作った。それを蹴ることにより、空中で剣を回避したり、今みたいに宙に浮くことができているわけか。


 これは厄介だな。だって宙に浮いていられるなら、一方的に攻撃を仕掛けることもできる。


 それに。

 

形状フォルム針雨はりさめ”」


 宙に浮いたまま、クロードは空中に針状の障壁を無数に作った。


 クロードの障壁は形状も自由に変えられる。これは武器に変えたパターン。


 それもウィルが手出しできない範囲からの攻撃。


「半径100mに1000万本の針を降らす。範囲から逃げることはできないし、全てを剣で消すこともできまい」


 いつのまにか、キャロルの周りには“障壁”が貼られていた。


 ウィルだけが生身で針の雨に晒されている状況。


「急所を優先して守れば死ぬことはないだろう。しかし、勝負は終わりだ」


 クロードが手を振り下ろす。


 殺意の雨が、静寂の夜に降り注いだ。

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